機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第四章



同日 〇九二〇 北緯25.44、東経126.50 周辺空域

 眩しく輝く太陽は、南洋の島々へ初夏のごとき日差しをまんべんなく与えている。
 そんな太陽の下、青く澄みきった海の上を、一機の航空機が悠然と飛行していた。
 ACA-01 ガウ攻撃空母。 ジオン公国軍が地球侵攻作戦に際して開発した超弩級大型飛行空母。
 全長147.4 m、全幅159.4 m、全高72.4 m、最大積載重量980t以上。
 史上空前規模の大きさを誇る、もはや“航空機”と呼ぶのがばかばかしくなるような巨大飛行物体だ。
 その超巨大航空機は、ただ二基の熱核融合炉をフル稼働させてのんびり遊覧飛行しているわけではなく、沖縄本島に集結した自衛艦隊を一掃せんとする作戦行動中である。

(しかし・・・・)
 操縦桿を握る若手の操舵士の背中を眺めながら、じりじりと爪を噛んでいた機長の朴 天秀(パク チョンス)少佐は、十数時間前に目にした作戦指示書を思い出し、少々しゃくれたあごをつるつるとなでた。
(どこをどうひっくり返したら、あの麗しい顔からこんな無茶な作戦が出るんだか・・・・)
 その無茶な作戦を立案した“鬼参謀”とあだ名される同僚の顔を思い浮かながら、作戦内容を反芻する。
 敵航空隊が友軍の粘る島へ撤退支援に乗り出した間隙を突いて、遠路はるばる爆撃を仕掛けるなど、少佐には正気とは思えない。
(それも、こんな小規模部隊でな)
 本来、ガウはMSを迅速に空輸する目的で開発された航空機であったが、現在、機内にMSの影はなく、主翼内部の格納庫に搭載しているドップ戦闘機のほかには、ありったけの爆弾と、ともに編隊を組んで絨毯爆撃を行うド・ダイ爆撃機が三機搭載されているのみ。
 ガウ自体の爆撃能力も高いとはいえ、一国の艦隊と司令部を壊滅させるにはあまりにも少ない戦力であった。
 おまけに、敵航空部隊がご丁寧に宮古島の夜間空襲を敢行してくれたおかげで、夜闇とともに出撃する作戦が遅れに遅れ、ようやく三十分前に飛び立ったところである。
(どうあがいても、今頃は敵さんも気付いてるだろうし・・・・)
 旧世紀のジェット旅客機にも劣るとはいえ、通常運用時にはマッハ0.7(857.5km/h)の亜音速で飛行可能なのだが、最大積載量ギリギリまで詰め込んでいるせいだろう、どれだけ頑張ってもマッハ0.4(490km/h)ほどしか出ない。
 当然、ここまで低速だと、元々足りてない揚力がさらに不足するため、必然的に推力の半分を揚力補助に割かねばならない現状に陥っていた。
 搭載している航空機を発艦させて重量を軽くしようにも、航続距離が短いために飛行空母に搭載されているわけであって、根本的な解決にはならない。
 ゆえに、ガウの搭乗員はプロペラ旅客機のような速度での遊覧飛行を強いられていた。
「しょ、少佐、目的地到着まで、あと三十分弱です」
 少佐の横で、冷や汗を褐色の肌に浮かべながら慣性航法装置とにらめっこを続けるクリスティーナ・ロペス大尉が、語尾を震わせて報告を上げる。彼女もいつ追いつかれるか気が気でないのだろう。
 いちおう少佐の副官である彼女は、南米系の豊満な容姿も航法技術もピカイチ、上官としては文句のつけようのない優秀な部下なのだが、大柄な体に似合わず気弱にできているのが、コンビを組んでからの唯一の悩みの種だ。
 これが士官学校を出たてのピッチピチな新兵ならば、やさしく声をかけるなり、軽口を叩いて気を紛らわすなり、はたまた叱り飛ばしてシャキッとさせるなり、いろいろやりようがあるのだが、古き良きジオン共和国国防隊発足時からの名コンビとなればそうはいかない。
 もう二十年近く部下として使っていて、いまさら新兵扱いするわけにもいかず、いつものように溜息をつきながら現実的な対応をとることにする。
「対空警戒は大丈夫だろうな?」
「はっ、ミノフスキー粒子散布は戦闘濃度を維持、レーダーや光学センサも複数個所を併用して使用しているので、抜け目はないはずです」
 ミノフスキー粒子散布下では、レーダーの使用が著しく困難となるため、ガウではパッシブ・アクティブレーダーの運用と併せて、モビルスーツの複合センサ技術を応用した光学センサユニットによる索敵が重視されている。
 なかでも、ザクのモノアイを応用した光学カメラの口径は、旧世紀の大型天文台のそれと同程度の大きさであり、高度を高くとればとるほど広い範囲の監視が可能だった。
 大尉の報告に少佐が鷹揚にうなずいたその時、ブリッジ内に甲高い警報音が鳴り響いた。
 すぐさま艦内通信士が情報集めに奔走する。
「どうしたっ?!」
「第三センサに感あり、敵航空機と思われる飛行物体を十機以上確認。 五時の方向、距離約130km!」
 クリスティーナ大尉の操作により、メインモニタの空域図に次々と敵の位置が書き込まれていく。
 複合センサの観測による敵との相対速度差は、およそマッハ1.4。
 コンピュータシミュレーションによるリアルタイム空域図を見るまでもなく、すぐに追いつかれるのは明らかだ。
 そして、レーダーが使えないこの空域で、イニシアティブはまだこちらにあると判断できた。
「各員、対空戦闘配置。 先制攻撃を仕掛ける。両舷、通常ミサイル及び炸裂弾頭ミサイル、発射用意。90秒後、五時の方向に一斉射!」
「対空戦闘配置発令、対空戦闘配置発令!要撃隊は乗機にて待機せよ。 続いて両舷、通常ミサイル及び炸裂弾頭ミサイル発射用意!」
 少佐の判断を、すぐさま大尉が復唱して機内に伝達していく。 大尉は気丈に声を出してはいるが、顔色は真っ青だ。
 そんな副官の様子にあきれながら、少佐は格納庫に通じるホットラインに手を伸ばす。
「大尉、出番だ。作戦は任せる。 ミサイル発射後、順次出撃してくれ。 頼んだぞ」
『ご安心ください、少佐。 必ず敵を食い止めて見せます』
 [ガトル](宇宙戦闘機)パイロットあがりの飛行隊長は、ベテランにもかかわらず緊張した口調で答えた。
「ミサイル発射準備完了!」
 最後の判断の瞬間、少佐は目を閉じゆっくりと深呼吸をする。
(撃墜されれば終わり、三十分持ちこたえても地獄が続くだけ・・・・ いずれに転んでも無茶な作戦、だが!)
「目標五時方向、同高度距離80km、一斉射! てぇっ!!」
 瞬間、後方発射筒に装てんされた中距離ミサイル六発と、一瞬遅れて炸裂弾頭ミサイル二発の計八発が、巨大な機体をけってまっすぐに目標向けて飛び出した。


『レーダーに反応、正面より高速飛翔物体多数接近中! うち二発は対空炸裂弾頭ミサイルの可能性高し、弾着まで30秒! ブレイク(散開)、ブレイク!!』
「もたもたするな! あてずっぽうに食われるぞっ!」
 “レッド・ゼロ”の通信に、すぐさま宮野一佐が反応する。 本当に炸裂弾頭ミサイルならば、一秒でもぐずぐずしている暇はない。
 宮野のとっさの命令に、第六遊撃隊を中核とした第一陣の九機が一斉に花火がはじけるように回避機動をとった。 それでもすべての機首が上を向いているのは炸裂弾頭ミサイルへの対処である。

 対空炸裂弾頭ミサイル(Air-to-Air Burst Missile)は地球連邦軍が多弾頭ミサイルと同様に開発した新型兵器の一種で、多弾頭タイプとは違い弾頭起爆時に弾頭内の子爆弾を散布することで、起爆地点を中心とする非常に広い範囲の空中目標に損害を与える広域対空ミサイルである。
 U.C.0076の小笠原戦役時にも、航空自衛隊に甚大な被害を与えた多弾頭ミサイルに交じって実験的に数発が投入されたと言われており、航空機のみならず水上艦艇にも少なからず被害を与えた。
 散布される子爆弾には推進力が無く重力に逆らうには限界があるため、とにかく起爆地点より高度をとることが唯一の回避方法と考えられていた。

 はたして30秒後、通常弾頭ミサイルの後をつけるように飛んできた炸裂弾頭ミサイルが、通常弾頭ミサイルから逃げ回る機体の1200フィート(360m)下方で相次いで起爆した。
 強烈な爆発音がパイロットたちの脳天を貫き、衝撃波が機体を揺さぶった。赤外線追尾式の通常弾頭ミサイルも、時限式なのか衝撃波による誘爆なのか、次々と爆発していく。
 彼らの下では立て続けに起こった無数の爆発によって暴風が渦巻き、散布された子爆弾の一部はさながら“鉄の雨”のごとく海面に落下し、レーザー中継ブイのいくつかを粉砕しながらおびただしい数の水柱を打ち立てた。
 空と海とを襲った爆発の狂乱は、たっぷり三分を費やして鎮静化したが、攻撃の手は緩まない。
「損害は?!」
『損失機ゼロ・・・・・・隊長!さらにレーダー反応、複数の未確認航空機急速接近中。 形状より公国軍戦闘機と思われます。方位〇五〇、距離70!』
「っくそ、フォーメーションを組んでる時間が無い! 方位〇五〇にヘッドオンッ! 各機の判断に任せる!」
 言うが早いか、真っ先に“レッド・リーダー”宮野機が赤い機体をひるがえして突撃する。
 負けじと追いすがる瑠璃色の機体は“ラズワルド・リーダー”川崎機だ。
『敵編隊との接触まであと30秒。っ・・・・、さらにミサイル反応あり、通常弾頭十発以上接近中!!』
 HUD(ヘッドアップディスプレイ)には次から次へと情報が書き込まれ、パイロットに判断を迫る。
 ミサイルの軌道から、追尾能力が低いミサイルだと読み切った宮野は、ミサイルアラートに構わず突き進んでいく。
 アラート音がひときわ甲高くなった瞬間をねらって一斉に高度を落とすと、その機動についていけなくなったミサイルが次々と後方へ流れて行った。
『“ラズワルドバーズ01”、敵編隊を視認。 六機、距離15キロ弱! 司令、交戦許可を!!』
 レーダーが真っ白を移す中、視力の良さで定評のある川崎一尉がいち早く見つけると同時に、再びミサイルアラートが鳴り響く。
 敵機の翼からはそれらしき煙が幾筋も伸びてくる。
 めまぐるしく変わる戦況は、一瞬たりとも躊躇を許さない。
「全機、交戦を許可する。 一機残らず叩き落とせ!」
『ラジャー!“ラズワルドバーズ01”、エンゲージ(交戦)!』
 すでに彼我の距離は10kmを切っている。真っ先に突出した川崎機が飛んできたミサイルを紙一重でかわし、敵編隊の先頭を飛ぶ一機にの斜め下方から突き上げた。
 狙いをつけられた敵機はあわてたが、そこは編隊の先頭を飛ぶだけあってすぐさま反転、一気に高度を落として逃走を図る。
『逃がすかよ!』
 一方、すれ違う形となった川崎機も、大胆に敵編隊の目の前で機体にループを描かせ、そのままの勢いで追撃にかかる。
 たった数秒の間に、ほかの機体もそれぞれ接敵し、両勢力入り乱れるドッグ・ファイトが始まった。


 空戦の口火を切ったジオン軍航空隊の隊長は、執拗な自衛隊機の追撃から逃げ回りながら、何とか反撃の糸口を捕まえようとしていた。
「まったく、連邦の腰抜けとは違って、ここにはいいパイロットだらけだな」
 最初は勢いだけの力押しに見えたが、その割にほとんど隙が見当たらない。
 スロットル全開で最高速まで乗せた直後に急減速したり小さな旋回を繰り返して、無理やり敵機を自機の前に放り出そうとするのだが、敵機はピタリとその後ろについてくる。
 まるで呼吸のタイミングすべてを相手に握られているように感じられて、耐Gスーツの下は鳥肌が立ちっぱなしだ。
 こちらが水平飛行時の速力で上回る分、敵の機銃の有効範囲には入っていないが、これではらちが明かない。
 我々の任務はガウによる敵艦隊奇襲攻撃までの時間稼ぎだが、ドップは敵戦闘機よりも航続距離が短い。 つまり、目の前の敵部隊を墜す以外に勝ち目はない。
「やるしかないか、“アレ”を」
 口にしてから一人苦笑した。 今の状況を挽回するには確かに“アレ”しかなく、そこまで追い詰められた今の状況をどこか楽しんでいる自分に気付いたためだ。
「ついてこれるんなら、ついてきてみろっ!」
 ドップは急激なGに機体をきしませながら、機首を上に向けて人を食ったような大きなループ機動を開始した。


 すでに空戦開始から五分以上、逃げ回る敵機の突然の上昇は、川崎の意識を一瞬だけ戸惑わせた。
(何を考えてやがる・・・・?)
 ドッグ・ファイトにおいて相手に自分の後ろを取られてしまった場合、急加減速と細かな旋回を繰り返し、相手を前に出させて後ろを取り返そうとするシザース機動を行うのが常識である。
 そのなかで、ループやハイ・ヨーヨーなどのを含む上昇を行うのは、自機の速度を高度に転換することで速度を落とし、敵機より高い高度から急襲することを可能とする。
 しかし、ループの場合は回転半径が大きいと速度低下の幅も大きく、敵機を出し抜くつもりがさらに自機への距離を狭める結果になる可能性もある。
 そして目の前の敵は、その危険性が高いゆったりとした大きな円を描こうとしている。
 これほどに技量の高いパイロットが、隙が見え見えのループを余裕綽々とするのか ―― 川崎の頭に「?」マークが飛び交ったが、その隙を見逃すほどお人よしではない。
 川崎機も、すでに機首を完全に真上に向けた敵機の後を轟然と追いかけ始める。
 円を描くことによる遠心力と強烈なGによって、血液がサァーっと足元へ流れそうになる。不意に血液を失い麻痺しそうになる体を耐Gスーツがギュッと締め付ける。
 そして、敵機がループの頂点に差しかかったとき、“それ”は起こった。
「なっ・・・・?」
 ドップを一心に追いかけていた川崎には、目の前のいびつな戦闘機が突然、姿を消したように見えた。
 敵を見失ったままループを終えて水平飛行に戻った機体にアラート音がけたたましく鳴り響く。
「なにぃっ、う、後ろだと!?」
 目の前にいた敵が、姿を消した一瞬の間に自分の背後へ回ったことに川崎は仰天した。
 あわてて最大速力と急降下で逃亡にかかるが、簡単に相対距離が広がらず、逆にじりじりと距離を縮められていく。
 なり続けるアラート音がどんどん大きく、どんどん高くなっていく。
「くそっ、いったい何がどうなって・・・!」
―― ガガガガッ
 何度目かの左旋回に入ろうと機体を傾けた瞬間、後ろから蹴とばされたような衝撃に思わずつんのめった。
 頭から突っ込んだホログラフのHUD画面にレッド・アラートの表示が明滅するとともに、速度を失った機首もガクンと下がる。
 攻撃を仕掛けた敵機は、悠々と川崎機の横をすり抜け飛び去っていく。
「尾翼操作不能、左エンジン損傷、飛行能力40%減か・・・・・・」
 HUDを埋め尽くす警告表示に、敗北感に打ちのめされた川崎はがっくりとうなだれた。
『川崎! どうした、まだ飛べるか!?』
 突然耳に突き刺さった宮野の声に、打ちひしがれていた意識が元に戻る。
 周囲を見渡すと、いつの間にか戦闘空域からかなり離れていた。
「はっ、エンジンに食らったみたいで、左エンジンが完全にストールしてます。 何とか飛べますが、戦闘は無理でしょう」
『よし、とにかく早く離脱しろ。ここにいると狙われるだけだ』
 宮野の意識の中に自分が戦力から外されていることに、胸がずきりと痛んだが、何とか平静を装う。
「戦況は・・・・どうなんですか?」
『二機は墜としたが、こちらもおまえで三機目だ。他もおまえがやられたのと同じようにな。 なぜ後ろを取られた?』
「それが何とも・・・・。 ループの途中で見失ってしまって」
『ふむ、あの機動は厄介だな。 とにかく、話はあとで聞く、今は離脱しろ。“蒼き翼”たちもそろそろ会敵するころだ』
 敵にやられた以上の悔しさがこみあげてくるが、そんなことを言ってる場合ではないこともよくわかっていた。
「了解です。 あとは、よろしく頼みます」
 そう言いのこし、不安定にぶれる機体をなだめながら、機首を[わかさ]のほうに向けた。
(高橋、後は任せた)
 静かに戦場を去る敗兵を見送る者はいなかった。


同日 〇九三〇 北緯25.80 東経127.00 周辺空域

『“ブルーリーダー(ブルーウィングス01)”、敵飛行空母捕捉! 方位040、高度3000フィート、距離90q。 映像出します!』
 “ブルー・ゼロ”のレーザー通信と連動して、HUD下のメインモニタにはセンサ類の観測データに基づく3DCG戦況図が映し出される。
 “ブルーウィングス”を示す青色の矢印は、赤く示された敵機の矢印のはるか後方、高度600フィートを巡航速度の七割でゆっくり飛行している。
 これだけの距離と高度差があると、低空飛行をする[はやぶさ]に施された洋上迷彩と海面とを区別するのは難しく、実際、第四・第六飛行隊による陽動も奏してか、敵飛行空母がこちらの存在に気付いた様子は全くなかった。
「第一陣の状況はわかるか?」
 高橋が気にしていたのは第一陣に対する敵の動きだった。
 こちらが奇襲を仕掛ける以上、陽動である第四・第六飛行隊の第一陣が敵戦力をどれだけ引き付けているかが作戦の成否を決める。
 敵飛行空母が搭載できる戦闘機の数は、連邦軍からの情報で八機程度と判明している。 陽動に差し向けられた数が分かれば、目標の戦力が分かる道理である。
『敵戦闘機隊六機と交戦中の模様。 AABM(対空炸裂弾頭ミサイル)の使用も絡め、被撃墜一機、被損傷二機の損害を出しています。 被損傷機は“ラズワルド・リーダー”のようです』
『なんやて!? 川崎がやられたんか?』
『ふむ。 彼もやられたとなると、残った二機も軽視できませんな』
 “ラズワルド・リーダー”の川崎は今朝の石垣島で初陣を迎えたばかりだが、その腕は航空戦技競技会でしのぎを削るほかの隊にも知れ渡っている、空自でも指折りのエースの一人だ。
 その彼がやられたという事実は、若手パイロットのみならず上野・竹川のベテランパイロットにも少なからず衝撃を与えていた。
「“ブルー・2(難波機)”、“ブルー・4(竹川機)”とともに敵戦闘機を相手にしてくれ。 敵飛行空母への攻撃は残りで引き受ける」
 難波はともかく、比較的おとなしい竹川も、勝負において相手が腕ききであればあるほど燃える性質(たち)であることを高橋は見抜いていた。
 そして、口で衝撃や警戒を示しつつも、未知なる敵パイロットに対して内心では興味津津であることも。
『“ブルー・2”ラジャー! でも、そっちは大丈夫なんか? さっきはエライ自信あったみたいやけど』
 対する難波も、淡々とした応答に敵への期待感を隠し切れていない。
「問題ない。 連邦の資料通りなら大きさは海自の護衛艦程度、速度にしても旅客機のほうが断然早い。 多少こちらとあちらに高度があるだけで、基本は対艦目標への水平爆撃と大差ない」
『なるほどなぁ。 ほなら、バッチリ背後を固めたるさかい、爆撃にめいっぱい集中してや』
 感心する難波の声音に、かすかながらほっとしたものが感じられる。 “対艦”に身構えるのはいかにも難波らしい。
「それと“ブルー・ゼロ”、すまないが爆撃班にさっきの図をまわしてくれ」
 高橋の呼びかけに、香奈が素早く対応する。連邦軍の手による写真資料とセンサの観測データを複合して作成された精度の高い図面に、ここに来るまでの間に高橋と“ブルー・ゼロ”パイロットの御崎、香奈の三人でデータから推測できる項目を書きくわえたものだ。
 ほかのパイロットも、三人が飛行しながら熱心に作業していたのを知っている。 橘や佳織などは『器用だなぁ』と感心していたほどだ。
「これだけの大きさのものを飛ばそうとすれば、並大抵の骨格と装甲では絶対にもたない。 今朝戦った機動兵器よりも強固な装甲を持っていると考えたほうがいい。 てんでバラバラに爆弾をぶつけたところで敵にとっては痛くも痒くもないだろう。 強固な守りには攻撃力を一点に集中させるのが望ましい」
『では、どこに集中させるのでしょうか? もっとも薄いであろうコックピットも、その分対空火器による弾幕が厚いと考えられますが』
 高橋の意味ありげな言葉に、橘が当然の疑問を口にする。 ただし、ある程度は答えが予測できているようだが。
「だろうな。 だから、我々はここに攻撃を集中させる」
 高橋がモニタにタッチした場所がタイミングよく赤く光る。 このモニタはタッチパネルの機能もあるが、今のは香奈が作成時にあらかじめ組み込んだものだ。
 そこは大きな全翼型の翼の後縁部の付け根付近、機体のほぼ中央に位置し、太い胴体と巨大な垂直尾翼を挟み込むように二つの赤い光が鈍い光を発している。
『なんですか、ここ?』
『飛行空母は26発の熱核ジェット・スラスターを推進と揚力補助に能力を分けて飛行していると考えられます。 艦船並みの巨体を航空燃料だけで飛ばそうとすれば積載物以上の燃料タンクをぶら下げた上に、常に空中給油を受けていても飛行できるか怪しいところです』
 不思議そうな佳織の言葉には答えず、妹の香奈が別の話を始める。
「航空燃料では離陸することすら危うい以上、動力源は大出力かつ無限にエネルギーを供給できる熱核融合炉しか考えられない。それも複数基必要なはずだ。 といって機体の大きさから二基以上はどうしても積めないし、仮にも“小さな太陽”を装甲の薄い場所に置くことなどできない」
『そこで、機動兵器や航空機の搭載スペース、爆弾投下口から類推した爆弾収納場所、機体構造的にみた機体各所の装甲具合の推測などから、熱核融合炉を搭載する上で最も可能性の高い場所が赤く光る場所です』
 御崎による整備士の本領発揮といわんばかりの説明に、三人以外はただただ圧倒されるだけだった。
 御崎が整備士兼パイロットという微妙な立場なのは、本人自身、空を飛ぶことと同じくらい機体の整備も好きと自覚していることも理由の一つだ。
『なるほど。 しかし、わざわざ装甲の強固な場所を攻撃するのは本末転倒じゃないか? いくら弱点の位置が推測できたとしても、直接攻撃ができるまで時間がかかるようでは意味が無い』
 上野が相手が上官でもお構いなしの、ざっくばらんな口調で指摘する。 高橋もとがめることなく淡々と返す。
「熱核融合炉には、直接の損害を受ける直前に臨界状態を解除するための安全装置が併設されている。 これだけの巨体を動かす熱核融合炉は宇宙戦艦並みの大出力のものである可能性が高く、ある一定の攻撃が周辺に与えられた場合、即座に安全装置が働くように設計されているはず。 一基の臨界状態を一時的でも解くことにより、撃墜しないまでも飛行速度をゆるめることができ、稼いだ時間の間に本島の艦隊は防衛体制を整えられる」
 彼我の相対距離が50kmとなったころに長い説明が終わった。 それでもなお飛行空母側に目立った動きが無いのは、洋上迷彩と“ブルー・ゼロ”の電波妨害が効を奏しているのだろう。
 各機の高感度マイクは橘や佳織、上野らのため息や、難波のもらした『戦闘機相手でよかった・・・・』というつぶやきも逃さず届けてくれる。
『爆撃班には飛行空母の後方左右から交互に、進行方向向かって左側の指定ポイントへの無誘導精密爆撃を敢行してもらいます。 誤差は直径1〜2m程度でお願いします』
 距離も空気も頃合いと判断した香奈が一気に作戦内容を伝える。
「先陣は左側から攻撃する“ブルー・6(橘機)”と“ブルー・3(上野機)”のα班に取ってもらう。 私と“ブルー・5(福原機)”のβ班はその直後に右側から攻撃する。 一班が攻撃態勢を取る間、別の班は対空火器を引き付けること。 何か質問は?」
 サブモニタに映る爆撃班の面々は、先ほどの不安な表情から一転して、緊張を帯びた真剣な表情になっていた。
 それぞれ前を見つめる瞳は、自信に満ちて輝いている。
「よし、巡航速度に戻して一気に突撃するぞ。 各班散開!!」
『『『ラジャー!!!』』』
 蒼き翼をまとった七機の[はやぶさ]たちが、巨鳥めがけて襲いかかった。