機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第四章



同日 〇九五〇 慶良間列島南西沖

「ようやくここまで来たか」
 わなわなとふるえる右腕をなんとかなだめながら、少佐は「ほぅ」とため息をついた。
 ここまで ―― 自衛隊の敷く第一次防衛戦にさえたどり着けば、あとはありったけの爆弾を雨あられと敵艦隊へばらまき、メガ粒子砲を撃ち散らして台北(タイペイ)へとUターンすればいい。
 おそらく先ほど飛び出した航空隊は全滅しているだろうが、彼らなら全員が命を散らすことなく潜水艦に救出される手はずになっている。
 一時はどうなることかと思ったが、勇敢な航空隊のおかげで、“鬼参謀”に怒られることなく作戦を完遂できそうだ。
 まぁ感慨にふけるのもこれくらいにして、さっさとこの無茶な作戦を終わらせようか。
「爆撃科、降ろし方用意! 砲術科、メガ粒子砲発射用意! ド・ダイ隊、発進準備・・・・・・」
「ちょ、直掩隊より報告! 五時方向高度400m、距離20km!!」
「―― は?」

 まさに、日本のことわざに言う「寝耳に水」と呼ぶしかない珍事が起こった。
 そう、朴少佐の“恐怖の時間”はここからが本番だったのである。


 ガウ攻撃空母が迫りくる彼らを見つけた時にはすでに手遅れだった。
 直掩隊が本隊に報告して二分後に会敵した時、すでに彼我の距離はわずか8kmしかなかった。
 第二陣の先頭 ―― “ブルー・2”と“ブルー・4”のγ班 ―― は巡航速度どころかトップスピードで突っ込んできていたのだ。
 そして、「経験が浅い」というだけで空母の直掩に残された二機のドップは、果敢にも二機の[はやぶさ]にヘッドオンで挑み、あっさりと蹴散らされる。
 なけなしの戦闘機を蹴散らしてますます勢いの増した二機の[はやぶさ]は、そこだけ時がとまったように茫然と飛び続けるガウの下を潜り抜け、そこで一気に機首を上に向け、さながら曲芸飛行のごとく垂直にガウの鼻面を通過していく。
 エルロン・ロールを続けながら、まっすぐに5000フィートまで駆け上がった[はやぶさ]は、急に反発するようにはじけ飛び、背面飛行で飛んでいく。 難波機は進行方向へ、竹川機は元来た方向へ。

『ヘッ、相変わらず派手好きなドアホだぜ』
 口調とは裏腹に、上野は心底楽しそうな声音で言った。
「“ブルー・3”、軽口も過ぎると上官侮辱ですよ」
 高橋隊長なら黙して聞き流すところだが、橘はそうもいかない。 どうしても真面目な性分が我慢できない。
『十分にわかっておりますよ、“ブルー・6”。 それで、我々はいかがいたしましょう?』
 対する上野は、一転して馬鹿丁寧に橘に答える。 全然悪びれる様子のない彼に、橘はひっそりとため息をつく。
(やりにくいなぁ・・・・もう)
 橘はこの上野の相手が心底苦手だった。 もともとちゃらけててお気楽なお調子者は一番嫌いな人種である。
 佳織のようにテキトーにあしらうことができれば楽なのだろうが、生真面目一本槍ではそうもいかない。 なんとしてもこの性格に見合った対処法を編み出す必要があった。
「では、私をエスコートしてくださいますか、“ブルー・3”?」
 とりあえず真正面から馬鹿丁寧に言ってみる。
 すでにコックピットの周囲には飛行空母の対空弾幕が十字砲火のごとく飛び交い、その網の穴を縫うようにじりじりと近づいているのだが、そんな状況にもかかわらず言ってしまってからパッと顔が赤くなり、うつむきたくなるのを必死に抑えていた。
(絶対からかわれるよぉ〜)
 心底泣きたくなったが、上野はそれどころじゃなかったらしい。
『いい度胸ですね、お嬢様。 では、しっかりついてきてくださいよ!』
 上野にしてみれば、『バカ正直な娘が、こんな状況下で冗談が言える』ほど、この短期間で成長したのが素直に驚きだったらしい。
 橘自身は開戦前と今とでほとんど変わっていないと思っているゆえ、上野の驚きは彼女の埒外だったが、まさにうれしい誤算として働いていた。
『まあまあ、そんながっつきなさるなお二人さん』
 いつのまにか後方につけてきていた佳織が、古風な口調で通信を割り込ませる。 いまやβ班が引き付けるべき弾幕のほとんどがずんずん突っ込む上野と橘に集中していた。
「という暇があるなら、もうちょっと働いてもらえますか?」
 橘の口調に、冗談気味に話しかけた佳織の方が『おろろっ?』と思ったらしい。
『・・・・そ、そうね。 じゃぁ、もうちょっと頑張りましょうか、隊長っ』
『ほぅ、ようやく働く気になったかね。なら無駄口叩かずさっさと動け!』

 言うが早いか、佳織の前に出た高橋は飛行空母の上ギリギリをなぞるようなコースを取ろうと右側に回り込んでいく。
 残された佳織も、負けじと左側へ回り込んで、直上で高橋機とクロスする機動を取ろうと試みる。
 その意図を察した対空火器群が束になって二人(特に高橋機)を追いかけるが、火線は全速で飛び続ける機体の少し後ろをなぞるように通り過ぎていくだけ。
 直進性のミサイルも大口径・小口径の機関砲もものともせずに飛び続ける様は、芸術品ともいえる美しさを持っていた。
 あっという間に、対空火器のほとんどが高橋機を追いかけている。
「すごい・・さすが・・・・」
 ぽぉ〜、とその様子に見惚れていた橘は、ふと耳元に響いた叱り声にビクッと肩をすくませる。
『冗談はここまでですよ、三尉! 我らも早く攻撃を仕掛けねば』
 口調は幾分砕けたが、触れれば切れる名刀のごとき戦士の顔に戻った上野が、モニター越しに橘を睨む。
「そうでした。行きましょう」
 すっかり弾幕の薄くなった空を、[はやぶさ]が翔けていく。
 彼らの前方では、一身に対空砲の火線を受ける隊長機が、飛行空母の鼻面をかすめて行った。


「バッ、バカヤロゥ! 一機に砲火を集中させては、弾幕の意味が無いだろうがッ!!」
 ガウの直上をかすめ、コックピットガラスにアフターバーナーの残り火を吹きつけて悠々と飛び去っていく敵機の姿を睨み据えながら、朴少佐は何年かぶりに怒鳴りつけた。
 普段の温厚な少佐しか知らない兵士や将校たちは、ビクッと肩を縮めて驚いた表情で指揮官の様子をうかがう。 クリスティーナ大尉などは、戦闘と死への恐怖に久々に激した上官への動揺が入りまじり、今にも泡を吹いて倒れそうな様相だ。
 一方、怒鳴った側も周囲の空気に我に返る。 怒鳴っても何も解決しないことを頭ではわかっていても、根元の性分はなかなか変わらないのだな、と改めて思う。
 なんだかしみじみと“人生”というものに思いをはせた気持ちになったが、状況は一瞬たりともそんな心の余裕を許しはしない。
「二機に後ろに回り込まれましたッ!」
「対空砲、弾幕展開急げ!」
「ダメです! こちらの垂直尾翼を盾にされています」
 後ろの戦闘機に対空弾幕の内側に入りこまれたらしい。つくづく厄介な敵を相手にしていると思う。
(しかし、今の彼らにはミサイルは使えないはず。 戦闘機程度の機関砲がこのガウに通用するはずもない。 いったい何をねらって・・・・)
  ―― ズガァーン!
 直後、激しい衝撃がガウの巨体を揺るがした。
 不意打ちの爆発により、前のめりになっていた少佐の体は、そのまま操舵士めがけて転がっていく。
「?!!?」
 中学生以来の前転が操舵士の足にぶつかってようやく止まった時、ガウに“何か”をしたらしい二機の戦闘機がアフターバーナーをコックピットガラスに叩きつけていく。
「い、いったい、なにが・・・・?」
「しゃ、左舷熱核融合炉直上、外部装甲板に爆発を複数確認。損傷軽微なれど、装甲板が三枚ほどはぎ取られましたっ」
 艦内通信士の動揺しきった悲鳴に、少佐の顔がサァッと青ざめる。
「爆発物の種類はなんだっ! まさか、自国の憲法を犯してまでミサイルを使ったのか?!」
 少佐の問いかけに、今まで通信をつなげっぱなしだった砲術長が割り込む。 彼は担当するメガ粒子砲のみならず、ありとあらゆる爆発物に関してのエキスパートだ。
『爆発の規模から近距離空対空ミサイルは考えられません。 考えられるのはロケット弾の連射、もしくは、400kg相当の対地上目標用無誘導爆弾の可能性が高いかと』
 砲術長の意味するところは明らかだ。
 敵は空中を飛行する航空機に対し、対地爆弾による水平爆撃という前代未聞の離れ業をやって見せたのだ。
(もはや、技量がどうとかのレベルじゃない。 とんでもないヤツラを敵に回してしまった・・・・)
 ブリッジ要員が衝撃に打ちひしがれている間にも、別の二機が鉄壁のはずの弾幕を潜り抜けて爆弾を投下していく。
  ―― バッガァーン!!
「第二波も直撃! 第一波と同じ個所です。まだ第一装甲板が持ちこたえています!」
 すっかり冷静さを失っていた少佐も、先に立て直したらしい通信士の言葉に、元の冷静な思考を取り戻す。 すぐさま手元の端末に第一波と第二波のデータを呼び出す。
(なるほど。400kg爆弾程度なら、戦車はともかくこのガウの装甲は簡単に破れない。 それに、相対高度が小さいせいか、本来持つべき装甲貫徹力も低下しているか・・・・・・)
 フッ、と鼻で笑った少佐は、ニヤリと口元をゆがめて言葉を紡ぐ。
「砲術長、メガ粒子砲とミサイルの準備はどうだ?」
『は、いつでもいけます』
 彼も同じことに気付いているのだろう、あくまでも忠実に、短い言葉で命令を待つ。
「機長より達する。 本機はこれより、対空戦闘配置を維持しつつ、予定通り敵艦隊への攻撃を開始する。 敵戦闘機からの攻撃で本機が沈むことは考えなくていい。諸君らにはそれぞれの本分を全うすべく、最大限の努力に励むことのみを期待する」
「き、きき、機長っ。 んくっ、目標を捕捉。 メイン(モニタ)につなぎます」
 ガッチガチに緊張し、よく先ほどの爆撃で倒れなかったものだ、とすこし見直した航法長の言葉で、海面に浮かぶ大艦隊の映像と照準情報が映る。
 本来なら、これほどの距離まで接近する前に、ミサイルを雨あられと撃ちこまれていたはずだが、敵艦隊は自国の憲法という足かせによってミサイルは一発も打てず、近接対空火器も高空を飛ぶ航空機には無力だった。
 朴少佐とて、無抵抗の敵に対して強力を用いることで排除しようという行為に良心が痛まないわけではない。しかし、将来的に脅威となる存在は今は無抵抗の存在であっても排除するべきであり、それがこの戦争における我が軍の戦略であることを重々理解していた。
「爆撃長、降ろし方を許可する。照準とタイミングは任せよう。 腕の見せ所だ、より多くの艦艇を無力化してくれ」
『了解です、機長。 無力化どころか、木っ端みじんにして差し上げますよ』
 爆撃機畑で20年以上やってきたという地球出身の義勇兵が、煙草によって黄ばんだ歯を見せてニッと笑った。

 第三波が爆弾をぶつける瞬間、朴少佐は重い決断を下した。
「砲術長! 三番、五番砲塔開け。 a目標とb目標に対しそれぞれ一斉射」
 爆撃による揺れが収まると同時に『発射準備よし!』の通信が入る。

「三番、五番砲塔、ぅてえぇーーっ!!」


 その少し前。
 久米島〜沖縄島の周辺海域に陣を張る南西方面艦隊と西日本第二艦隊の第一次防衛線連合艦隊は、特務航空集団第二遊撃飛行隊・難波二尉の知らせを受けて、大慌てで慶良間列島周辺に集結しようとしていた。
 その連合艦隊をまとめる旗艦、こんごう改級戦闘護衛艦[いこま]では、はるか十数km先に姿を見せた飛行空母の不思議な行動を察知していた。
「艦長、飛行空母の動きが妙です」
「何がおかしいのかね、士長?」
 西日本第一艦隊旗艦の艦長という要職にいながら、CICの艦長席でふんぞり返ることを恥とする若手の二佐は、自分の目でその巨体を確かめようとブリッジから双眼鏡をのぞきこんでいた。
「主翼前縁の一部が開口して砲塔のようなものが出てきました。 それとともに、ミノフスキー粒子とは別の微粒子が観測されています」
 双眼鏡から目を離すと、ズームアップした飛行空母の映像や、ミノフスキー粒子濃度やその他計測機器のグラフが、窓の前に3Dホログラフで幾つも展開していく。
「この粒子の存在は?」
「連邦軍から提供された資料ではミノフスキー粒子精製過程で発生する微粒子で、メガ粒子と呼ばれているもののようです」
 短めに切りそろえた髪を後ろで束ねた、ちょこんと尻尾が生えたようなかわいらしい髪型の女性海士長が困惑した様子で答える。
「メガ粒子? どこかで聞いたことがあるような・・・・?」
 しきりと首をひねってみるが、さっぱりなんのことか思い出せない。
 それでもきな臭いものを感じた艦長は、とりあえず警戒を続けるように指示した。
 ところが、指示した直後、事態は急転する。
「艦長! 飛行空母より高エネルギー反応を観測!! 同時に砲身が光り始めました」
 その報告に艦長の顔から血の気がさっと引いた。
「メガ粒子砲だっ! 全艦緊急回避! いそ・・」
 艦長の最期の言葉が終わらないうちに、メガ粒子砲の直撃を真正面から受けた[いこま]は、水柱の中に姿を消した。


 目を焼いた閃光が空を貫くのと、巨大な水柱が静かな海面に突き立つのは、ほとんど時を同じくして起こった。
 その瞬間、すべての時がストップしたかのように、すべての人が動きを止めた。
 そうしてすぐ、海中に轟いた爆発音がすべての時を再び動かした。

『飛行空母、メガ粒子砲とみられる粒子ビームを発射。 第一次防衛線連合艦隊旗艦[いこま]、南西方面艦隊旗艦[みねかぜ](いそかぜ級イージス護衛艦)の反応消失(ロスト)、轟沈を確認・・・・』
 たった一回の攻撃で被った損害情報を、“ブルー・ゼロ”が淡々と読み上げる。その被害は甚大だった。
 しかし、攻撃がこれで終わるはずもない。
 さらなるビームの火線が、爆弾の雨が、ミサイルの嵐が、次々と海面に浮かぶ自衛艦に襲いかかる。

『隊長!!』
 いつのまにか橘機から通信が入っていた。 そう、この瞬間まで高橋は我を忘れて茫然と飛んでいた。
『このままでは、艦隊が全滅してしまいます! 飛行空母のビーム砲塔への攻撃許可を!!』
 橘が必死に訴えかける中、またも閃光がきらめき、水柱が立ち上る。
『第二波斉射、同時に爆弾も投下した模様。 [かいもん](ちょうかい級ヘリ搭載護衛艦)・[あまみ](さど級戦闘護衛艦)航行不能、なみかぜ型掃海艇二隻転覆。 あっ・・・・飛行空母より新たな航空機射出!ド・ダイ爆撃機三機』
 高橋は一瞬とはいえ、目の前の事態に我を失った己自身をひどく憎んだ。
「これ以上、あれを撃たせるわけにはいかない! 飛行空母の砲塔および爆撃機を撃滅する。 全機交戦!」
『ラジャー!!』
 絶望と無力感が支配する空を、六機の[はやぶさ]が翔ける。
 しかし、エースパイロットである彼らをもってしても、この戦況は簡単に覆らなかった。


 その後三十分間にわたり、メガ粒子砲の二門が使用不能となりながらも艦隊への攻撃を続けたガウ攻撃空母は、難波機による精密爆撃で左舷熱核融合炉の安全装置が作動、出力不足に陥ったために台湾へと引き返した。
 結果的に沖縄本島への爆撃を第一次防衛線が阻止した形になったが、この海戦による自衛隊の損害は甚大なものとなった。

 最初にガウ攻撃空母と会敵したと考えられていた第九支援航空艦隊は、ガウの離陸直後に遭遇、艦載機を発進させ応戦したものの、ビーム兵器によって艦隊は全滅、何とか飛び上がった艦載機もすべて撃墜された。
 艦隊員・航空隊員合わせて、約1000人以上の行方はいまだ分かっていない。

 石垣島救援艦隊による飛行空母攻撃作戦の第一陣に参加した第四・第六飛行隊は、喪失機三機を含む五機の損害をこうむり、喪失機のうち一機はイジェクトレバー(脱出装置)が作動せず、帰らぬ人となった。
 同じく第二陣に参加した第二飛行隊も、三号機と五号機がそれぞれ被弾、上野空曹長が敵弾を受ける重症を負った。

 対空ミサイルの封じられた第一次防衛線連合艦隊が最も甚大な被害をこうむった。
 初めて目の当たりにしたものが多かったメガ粒子砲の脅威にさらされた自衛艦隊は、艦隊旗艦[いこま]を含む多数の戦闘護衛艦・航空護衛艦・イージス護衛艦などが撃沈または大破し、航行不能に陥った。
 八隻の大型艦艇と二十隻以上の小型艦艇が無力化され、殉職者・行方不明者は7000人以上を数える、自衛隊史上最大の大惨事が現出した。

 この未曾有の大敗北を鑑みた松代の自衛隊総司令本部は、南西方面における防衛戦線の立て直しを企図して大幅な縮小を決定。
 5月12日には、陸海空合同の南西方面隊を一時的に解体、順次南西諸島からの撤退を開始した。
 この屈辱的な撤退は二週間にわたり「民間人を放置した状態で」実行され、その間のジオン軍による妨害行動によって100人単位の死傷者が出た。
 5月28日、旧南西方面隊は南西諸島各基地からの撤退を完了。
 ここに、南西諸島全域がジオン軍の支配下に組み込まれた。

 同日、ジオン公国アジア方面軍は朝鮮半島沿岸部の占領を発表。
 一歩一歩、着実に、九州攻略作戦の地盤が固められていた。


第一部 完
第二部へと続く