機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第四章



5月6日 〇八〇〇 総合宇宙ステーション[あきつしま]

 日本のはるか上空、地球からおよそ3,6000km離れた静止衛星軌道上をめぐり続ける日本自治国所属の宇宙ステーション[あきつしま]の中立ライン上のレーダー衛星は、進行方向上に複数の光点を捕捉した。
 途端に、レーダーの画面が乱れ始め、やがて完全にブラックアウトしてしまう。 “防空”監視員が[あきつしま]本体の超高精度光学カメラにメインモニタを切り替えると、戦略自衛隊総司令部全体がどよめきに包まれた。
 クジラのような主艦体後方上部から伸びる支柱の上に艦橋を配置し、艦橋の真下に独立したエンジンブロック二基をひっつけた、地面に着いた先を引っ張った滑り台のような独特な形状の宇宙戦闘艦の所属は、レーダー機能停止前に捕まえたIFF(敵味方識別装置)の情報を見るまでもなく明らかだった。
 ジオン公国軍の[ムサイ]級宇宙巡洋艦。 史上初めて主兵装に連装メガ粒子砲三基をそなえ、宇宙空間でのMS運用を前提として設計された二隻のコスモ・クルーザーは、一心に[あきつしま]目指して突撃してくる。
「接近中の宇宙艦艇に告ぐ。こちらは日本自治国戦略自衛隊、[あきつしま]総司令部。 貴艦が接近中の宙域は南極条約で承認された中立宙域であり、当局の許可なき艦艇の侵入は禁止されている。 速やかに転進されたし。繰り返す、速やかに転進されたし」
 当直の一等戦尉の言葉が、無線、レーザー通信、モールス信号によって、“不審船”に放たれるが、その間にもどんどん近付いてくる。
 と、サブモニタで[あきつしま]本体のレーダーをモニタリングしていた監視員が驚愕の声を上げる。
「ふ、不審船より発射された光点多数っ! こちらに向かってきます」
「対艦ミサイルですっ! 数、八機。 さらに、不審船周囲に高温度熱源多数探知!」
「迎撃衛星はどうしたっ!」
「イ号、ロ号、ともに探知障害を起こして、迎撃行動がとれません! 弾着まで約30秒!」
「最終防空システム、緊急起動! 目標、対艦ミサイル!!」
「だめですっ、間に合いませ・・・・・・っ!」
 悲鳴を上げるオペレータの声に押しかぶさるように、立て続けに衝撃波が[あきつしま]を揺さぶった。
「損害知らせっ! ダメコン班に出動要請を!」
 司令席から投げ出された一尉が、起き上がりざまに声を張り上げた。
「本体に直撃弾なし、いずれも時限爆発の模様。 1号発電衛星に至近弾爆発なるも、損傷軽微!」
「第二波、来ます!」
 めまぐるしく入る情報の数々と、攻撃を受けたという衝撃に頭がいっぱいになったベテランの一尉は、パニック気味に決断を導き出した。
「迎撃隊にスクランブル要請を! 宙域全区に警戒警報発令!」
 この判断が、中立の宇宙要塞を泥沼の宇宙戦争に引きずり込むこととなる。


同日 〇八四〇 石垣島北東沖

 輸送艦隊の準備がよかったのか、地上部隊の手際が良かったのか。
 撤退した敵部隊から攻撃を受けることもなく、艦隊が川平湾に到着して二時間強で撤退作業が完了した。
 川平地区上空に集結した特務航空集団の面々も順番に着艦を終え、[わかさ]率いる救援艦隊は逃げるように本島への帰路についている。
 二機の敵機動兵器を行動不能に、三両の戦闘車両を撃破した一方、被撃墜ゼロに被損傷三機。 絶望的な状況ながらこの戦果は、数多のパイロットから選りすぐられた特務航空集団ゆえに起こせた奇跡といえた。

「いろいろ言いたいことがあるだろうが、とりあえず落ち着いてくれたまえ」
 そう言って入ってきたのは、この艦の艦長、霧島二等海佐だった。 後ろには、苦虫をかみつぶしたような宮野一等空佐とかすかに青ざめた顔色の瀬川二等空佐、それに一等陸佐の階級章をつけた小柄な男がついてきている。
 落ち着いた静かな声だったが、重たいパイロットスーツを着たまま互いに推論を戦わせていたパイロットたちの言葉はピタリと止まり、一段上に立った四人の佐官を挙手敬礼で迎える。
 指揮官と部下、その微妙な隔たりで発生した重い沈黙をすぐに破ったのは、最後に入ってきた小柄な一等陸佐だった。
「陸上自衛隊石垣島駐屯地司令、金城 豪一等陸佐だ。こたびの諸君らの決死の救援、感謝の言葉もない。 おかげで1127名の隊員の命が救われ、再び国防に身をささげる機会を得た」
 金城一佐の言葉に、パイロットルームが、ざわっ、と揺れる。
「静かに。まだ話は終わっておらん」
 またも艦長の声にざわめきが消える。
「全隊員1200名のうち、本日を含めて戦死が確認されたのが53名、未帰還者は12名。 喪失者をこれほど少数に抑えられたのは、ひとえに諸君らの勇敢なる戦いによるものだ。部下たちに代わって感謝する」
 悔しさのにじむ金城大佐の言葉と、戦死者の数が飛行隊の面々にのしかかる。 もっと早く飛んできていれば、もっと多くの人命が助けられたのに ―― 無念の思いが部屋中を包んだ。
「殉職者を悼む時間など、後からいくらでも作れる。 それよりも、今はもっと多くの同胞の身に迫っている危険に対して全力であたってもらいたい。 以上です」
 死者を悼む時間を与えない金城の言葉に、うつむいていた隊員が、えっ、と顔を上げる。
 もはや語ることなし、と腕組みをする金城の後を霧島艦長が引き継ぐ。
「諸君、帰艦直後で申し訳ないが、早速作戦説明を行う。 緊急事態だ」
 最後の言葉に、部屋全体に緊張が走った。 艦長は「神崎君、よろしく頼む」とレシーバーに吹きこんだ。
 艦内の相互直通回線を通じて、管制官の神崎三尉の声が流れる。
『本日、〇七四〇に、[あきつしま]戦自情報部より入電。宮古島周辺空域の画像が添付されていました。こちらです』
 神崎の言葉で壇上の大型スクリーンに一枚の衛星写真が映し出される。
 第五飛行隊のものであろう爆撃による黒煙の中から、巨大な何物かが、ぬっ、と半身を現していた。
「こ、これは・・・・・・」
『戦自の画像分析班は、75%の確率で、ジオン公国軍の大型飛行空母であるとの見解を示しています。 現在、本島の南西海上を北上中と推測されます』
 目の前に突き付けられた状況に、今度こそ部屋中が騒然となった。
「そ、そんな、バカな・・・」
「うそやろ・・・・っ! 那覇の飛行隊はどうなったんや?!」
 騒然とした室内で、難波が全員の気持ちを代弁するように立ち上がった。 しかし、神崎は事実だけを淡々と伝える。
『残念ながらミノフスキー粒子の電波干渉による通信妨害のため、第九支援航空艦隊の消息、戦闘状況は判明していません』
「[あきつしま]はどうした。 戦闘状態に入らない限り、地上の情報支援は行われるはずだが?」
 黙って耳を傾けていた高橋の言葉も、艦長によってすぐに打ち消される。
「高橋君、だったかな。 この戦争では、事態は常に最悪の方向に向かっていると考えたほうがいい」
『〇八〇五、戦略自衛隊総司令部は[あきつしま]中立宙域全域に警戒警報を発令。 ジオン軍籍とみられる複数の宇宙戦闘艦との交戦状態に入り、地上への情報支援業務が凍結されました』
「なんてこった・・・・・・、ヤツらには国際法もないのか」
 川崎一等空尉が天を仰いだ。 敵の非道な行動に、室内にはしばし怒声が渦巻いた。
「そこで、だ。 もはや本島が空爆を受けるのは時間の問題だ。 そして、本島の航空戦力が出払っている今、敵の飛行空母を食い止めることのできる位置にいるのは、我々だけだ」
 どよめきの切れ目で宮野が大声で怒号を制する。
『作戦はきわめて簡潔です。 第二、第四、第六飛行隊は、補給作業が済み次第出撃し、飛行空母を追撃、可能な限りこれを撃退します』
 大型スクリーンに現在の[わかさ]と敵飛行空母の位置を示した琉球諸島周辺の地図が映し出され、そこに飛行隊の進路を示す矢印が書き込まれる。
『戦闘は飛行空母に搭載された敵戦闘機との空中戦になることが予想されるため、全機第一種兵装(F型)に換装中です』
「諸君らも知っていると思うが、本日未明に防衛出動命令と有事特措法が衆議院を通過した。中京の状況によっては、戦闘中に防衛出動が下命される可能性も考慮し、ミサイルの携行を許可する」
 臨時で[わかさ]の航空幕僚の位置に収まっている瀬川の言葉とは裏腹に、部屋のあちこちで「おぉ」と声が上がる。
『しかし、使用許可の下りる可能性は限りなく低いため、対地爆弾による精密爆撃の必要性も覚悟してください』
「無茶言いよる・・・・・・」
 難波がひきつった笑みでつぶやいた言葉に、周りの隊員も同じような表情でうなずいた。

 精密爆撃とは本来、トーチカなどの重武装の防御施設や橋梁などにピンポイントで直撃させる爆撃方法で、無誘導爆弾の空力抵抗や重力などを考慮した弾道計算はコンピュータが肩代わりするものの、神業に近い技量を要する方法だ。
 自衛隊は「専守防衛」の建前上、通常の精密爆撃で用いられる誘導爆弾を装備していないため、無誘導爆弾による精密爆撃では連邦空軍と比べるまでもない高い技術を誇っていたが、そんなパイロットの中のトップエースが集うこの場でも、飛行する航空機に無誘導爆弾をぶつけたことのある凄腕パイロットはいなかった。
 そもそも、対地爆弾は航空機の攻撃に使われる代物ではない。
 もちろん神崎もそのことは承知していたが、どんな無茶でも受け入れて実現するしかないというのが、“自衛隊”という中途半端な武装組織の宿命と認めるしかなかった。
 自衛隊発足から、二世紀近く・・・・・・。 どれほどの年月を経ようと、日本という国家が滅ぶか、憲法という聖典を大幅に変えない限り、覆ることのない真理だ。

「無茶は百も承知だ。しかし、これができねば一万からなる沖縄の同胞が死地にさらされる」
 艦長の淡々とした言葉に、ざわついていた室内が、ぐっと沈黙に支配される。
 重くのしかかるような沈黙の中、高橋は静かに、スクリーンに浮かぶ飛行空母の推定性能の数値を見つめていた。
(全長147.4m、全幅159.4m・・・・・・小さめの護衛艦といった程度か。高度さえ取ればやれないことはないな)
 そう決めた高橋は、すっと立ち上がり、周囲が反応するよりも先に口を開いた。
「我が部隊には少なくとも、この程度の爆撃もできないパイロットはいません。出撃命令を」
 部屋中が「え?!」と凍りつく。 とくに、「無茶」と言った難波など、目も口もこれでもかとあけ放ち、滑稽なまでに驚いている。
 これほどあっさり「できる」と言い切られると思っていなかった三人の幹部も、あいた口がなかなかふさがらない。
「そ、そうか。・・・・高橋一尉はこういうが、川崎一尉はどうだ?」
 同じように呆気にとられていた川崎も、あわてて直立不動の姿勢で口火を切る。
「わ、我が隊にもその程度もできぬ腰ぬけパイロットはいません! いつでも出れますっ」
 言ってしまってから「しまったなぁ」と後悔する。 背中には次々と部下の視線が突き刺さるが、川崎は高橋への意地で立ち続けるしかなかった 「うむ・・・・・・では、索敵と敵の護衛戦闘機の露払いは第四遊撃隊と第六遊撃隊が担当、第二遊撃隊は洋上迷彩を最大限に生かし、低空侵入での敵空母爆撃を敢行する。第四遊撃隊のうち三機は爆撃隊直掩に回れるように手配してくれ。 詳細は出撃後、各隊零号機に追って知らせる。質問は?」
 いつものように、質問が飛ぶことはなかった。 というより、質問をする余裕もないほど、激しく動揺していたと見るほうが正しいかもしれない。
「あと五分少々で整備が完了すると報告が来ている。 整備終了から10分後に出撃だ。急げ!」
 それまで一度も口を開かなかった在艦指揮官の瀬川の鋭い言葉に、呆気にとられたままの隊員たちが一斉に立ち上がり、挙手敬礼で命令を受けた。
「諸君、頼んだぞ」
 相変わらず静かな艦長の言葉を合図に、パイロットたちが格納庫へと駆け出していく。

 ―― “第一次琉球海戦”として後世の戦史に刻まれる戦いは、こうして幕を開けた。