機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第三章



5月6日 〇五四五 石垣島北東沖

 海と同じ真っ黒の空に溶けていた雲を、夜明けの光が徐々に露わにしていく。 赤とも紫ともとれる絶妙な光が、漆黒の空を次々と貫き始めた。
 ようやく石垣島の島影が見えるか見えないかの海域にたどり着いた[わかさ]は、おごそかに発艦作業を進めていた。 既に五機の艦載直掩機が上がり、旋回しながら対空・対潜警戒を行っている。
 宮古島の敵航空隊に夜襲をかける第九航空艦隊と第五遊撃飛行隊の雄姿を遠目にしつつ、全速力で駆け抜けた[わかさ]率いる石垣島救援艦隊は、電子戦機での妨害電波の効果もあってか、公国軍潜水艦と鉢合わせすること無く南下を続け、二時間前にこの海域に腰を据えた。
 艦上には、制空隊である第六飛行隊の鮮やかな丹色(にいろ)が、グレー一色の飛行甲板に映える。

『コントロール、“レッドマルス01” システム オールグリーン レディ フォゥ テイクオフ([わかさ]コントロール、“レッドマルス”一号機 システム異常なし 発艦準備完了)』
 発艦作業によって幾重にも錯綜する艦内無線に、ひときわよく通る声が響く。 第六遊撃飛行隊“レッドマルス(赤き武神)”隊司令、“空の荒神”こと宮野一等空佐だ。
 単に準備完了を告げるだけの無線だが、その声にも激戦を戦い抜いた勇気と自信を垣間見た気がして、高橋は改めて武者ぶるいを覚えた。
『高橋一尉、あとは任せたぞ』
 不意にコックピットにその宮野の声があふれ、高橋はビクッと肩をすくめた。 モニターに映ってないのが幸いだ。
「はっ、必要とあればこちらからも援護が出せます。 一佐の隊は上空制圧に専念してください」
 上官を指図するというのは変な感じだ。 その違和感がそのまま言葉にもでる。
『そんなに緊張するな。 普段とやることはほとんど変わらんからな』
 ガハハハ、と宮野は笑い飛ばすが、高橋はとてもそんな気にはなれず、口元を空しくひきつらせるしかなかった。
 名目上ながら、作戦の成否、作戦に参加する全隊員の命が、まとまって高橋の双肩にかかってくる。 責任の重さにため息しか漏れない。
『“レッドマルス01”“02”、クリアード フォー テイクオフ! グッドラック!(“レッドマルス”一号機と二号機の発艦を許可します お気をつけて)』
『ラジャー! “レッドマルス01”テイクオフ! (了解 “レッドマルス”一号機出撃)』
 こころもち緊張気味の神崎の管制で、二基の電磁カタパルトが独特の射出音で船体を揺らがせながら、次々と“赤き武神”たちの戦闘機を打ち上げていく。

『隊長?』
 心配そうな声で我に返ると、今回もバディを組む橘が、モニター越しに高橋の顔を覗き込んでいた。
 機体の横では、青いツナギを着た甲板要員が、「さっさと行け」とでも言うように、エレベータを指し示している。
「あぁ、すまん。 すぐ行く」
 エレベータに乗せられて艦上に出ると、綺麗な朝焼けの空に目を奪われた。 艦首では轟音をあげながら“レッドマルス”六号機と零号機が空に上がっていく。
『“ブルーウィングス01”“03”“05”“00”、タクシング ザ ランウェイ 01(一号機、三号機、五号機、零号機は1番カタパルトへ向かってください)』
 甲板誘導員に連れられて、指定ポイントに着くと、ガチン、という派手な音と振動が足元から響く。
 隣の2番カタパルトでは、六号機が同じようにカタパルトにロックされている。
 陸上支援隊をつとめる第二・第四飛行隊の合計八機は、通常のF型(戦闘機型)からB型(陸攻型)に装備を変更している。
 コックピットのキャノピーに投影されたHUD(ハッド:ヘッドアップディスプレイ)のシステム情報に目を通しつつ、エルロン(補助翼)、エレベーター(昇降舵)、ラダー(方向舵)、ベクタードスラスト(推力偏向ノズル)の順に動作チェックをしていく。
 光ファイバーケーブルを使用したフライ・バイ・ワイヤ システムは、今日も異常なく稼働している。
『1番、準備よし。 グッドラック!』
 機体の右横に控える射出要員からの簡潔な無線に、親指を立てて応える。
「コントロール、“ブルーウィングス01” システム オールグリーン レディ フォゥ テイクオフ」
『“ブルーウィングス06”、システム オールグリーン レディ フォゥ テイクオフ!』
 高橋の通信に、橘の声が重なる。 その声に、初陣の時の迷いは無い。
『隊長、信じてます。 隊長も、私たちを信じて』
 やさしく吹き込まれた橘の短い言葉が、無意識に入っていた力を解きほぐした。
「了解」
 ありがとう、と心の中で続ける。 不安に乱れていた思考が、スッと作戦に集中した。
『“ブルーウィングス01”“06”、クリアード フォゥ テイクオフ! グッドラック!』
「ラジャー “ブルーウィングス01”テイクオフ!」
 左手のスロットルレバーを目一杯引くと、出力全開になったアフター・バーナーが、電磁カタパルトに固定された機体を小刻みに揺さぶる。 その振動に上々の吹けあがりを確認して、レバー横のスイッチをグッと押しこんだ。
 キーン、という駆動音を聞いた瞬間、時速250kmに達した機体が、シュパンッ、と空中に放り投げられた。 機体とともに前方に押しつけようとするGに歯を食いしばって耐えながら、ひたすら上昇姿勢を保ち続ける。
 HUDの高度表示が1200フィート(約400m)をすぎたころ、管制の指示でようやく機体を水平に持ち直し、ほぅ、と息をついた。
 後続機も次々と赤みがかった空に打ち上げられ、一号機と六号機の後方で、整然と「三つ鱗」状の編隊を組んでいく。
 第二飛行隊“ブルーウィングス”、第四飛行隊“ルリカケス”、第六飛行隊“レッドマルス”の各6機に、戦術管制を行う第二飛行隊零号機と上空警戒を行う第六飛行隊零号機を加えた合計20機による編隊が、一糸の乱れなく並んだことを確認して、高橋は自機を静かに右にバンクさせた。

 [はやぶさ]の群れが、水平線上に浮かぶ石垣島の島影を正面に据えて、暁の空を滑っていく。


同日 〇六〇〇 石垣島

 ―― ズゥン ズゥシーン ――
 夜のうちに北東に伸びる半島の付け根に上陸していた公国軍が、背後に朝日を従え、敵の本拠地目指して進撃を始めていた。
 木村の読み通りか、侵攻開始から一時間が経とうとする今をもってしても、敵の姿形は無い。
 この一週間の苦汁がうそのような、静かなジャングルに、“笑顔の戦乙女”も呆気にとられていた。
『不気味すぎるほど、静かだな』
 ささやきかけるように通信機からもれる木村の声にも、流石に不審の色が混じる。
 いかにミノフスキー粒子でレーダーやセンサー類を欺瞞できるとしても、小さな島を揺るがすモビルスーツの足音は、確実に敵の耳に、体に届いているはずだ。
 しかし現実は、はるか南方での別動隊の戦闘の音が、かすかに響いてくるほど、あたりは静まり返っている。
『このまま登っていったら、頂上に白旗が立ってるとか?』
 場を紛らわそうと、珍しくジムが冗談を飛ばしてみせるが、皆には受け止める言葉がなかった。
「・・・・・・何かあるわね」
 そう、何かある。 でなければ、ここまでの苦戦の理由がつかない。
 最初の上陸の日、うっそうと覆い茂る樹々の合間に、一瞬だけ垣間見た黒く長い砲身の姿を思い浮かべる。
 あの連中なら、絶対何か仕掛けてくる ―― ナギサは、不意に息苦しさを感じた。
「・・・・ッ。 祥くん?」
 息苦しさに耐えかねて、思わず普段の呼び方で同輩の名を呼ぶ。
『どうした?』
 いつもなら嫌がる呼び方も気にせず問いただす木村に、『ずいぶん緊張しているな』とナギサは思った。
「このままじゃ、埒が明かないし、いざという時に動きにくいわ。 今のうちに二手に分かれましょ」
 普段のナギサと違う何かを感じた木村は、即座に『わかった』と答えた。
『俺たちはこのまま南側から回り込んで攻めよう。 ナギサの隊は北側に迂回して・・・・・・』
 MS-06(ザク)の腕を振りつつ、指示を出す木村の言葉が不意に途切れた。 赤く光るモノアイが一点を見つめて動かない。
 モノアイの見つめる先には、無秩序に生い茂る森が壁のように立ちはだかっている。
「? どした・・・・・・」
 何事もなく静まり返った小山の稜線のすぐ上に、黒いシミのような細かい点がいくつも、規則正しく並んでいた。
『なんだ、あれは?』
 木村のつぶやきに、ナギサは突然、言い様のない寒気に襲われ、気がつけば両腕が勝手に二の腕を抱えていた。


「・・・・まだか」
 基地全体を揺らす不快な足音に身をゆだねながら、金城はボソッとかすれた声で呟いた。
「そろそろ来てもらわないとな・・・・・・」
 かすれ声で続ける金城の顔は痩せこけ、目元は黒ずみ、幽鬼のような顔つきに変貌していた。
 客観的には善戦しているが、敵部隊の昼夜を問わない執拗な猛攻撃は、一週間近くまともな睡眠をとらせてくれない。
 横に控える入南風野の顔にも、一日二時間弱の睡眠では拭いきれない疲労が色濃く表れている。
 一見、覇気をすっかり失ったように見える基地司令だが、血走った眼だけが、異様に爛々と輝いていた。
「上原、どうだ?」
 ひじ掛けをコツコツと叩きつつ、目の前の通信士に声をかけるが、基地司令の異様さに怯え気味な新米通信士は、むなしく首を横に振るだけ。
 ここ数日、このやりとりが何回も繰り返されている。
 ―― バッガァーンッ ――
 これまでで一番大きな爆発音が、於茂登岳警戒管制レーダーの地下に掘られた司令部室をきしませる。
 敵機動兵器が於茂登岳の麓まで侵攻してきた、という知らせは来ていないから、大方、敵潜水艦が対地ミサイルでもぶっぱなしたのだろう。
 島で最も目立つ頂上の警戒管制レーダーは、敵の再侵攻時の爆撃で壊滅、駐屯していた第一二六警戒小隊の当直員10名が殉職したほか、戦死者・未帰還者合わせて65人が、この戦場で犠牲になっている。
 もはや緊急防衛出動では対応しきれない数の犠牲者が出ているが、それでも金城に降伏の二文字は無い。
 必ず本土に“一つ目”の情報を届ける ―― 石垣島を守備する隊員全てが、このたった一つの使命に突き動かされて、必死の防戦を続けていた。
「司令、少し休んで・・・・・・」
 自身もやつれた顔で、金城に仮眠を促そうとした入南風野は、上原通信士のモニターから発したかすかな音を捕らえ、はっと口をつぐむ。
 ヘッドセットに耳を傾けていた上原が、腰にも届く長髪をなびかせ、金城たちの疲れを一瞬で吹き飛ばす笑顔で振り向いた。
「野底から入電! 北北東の上空に航空機の姿を視認しましたっ! 映像、出ますっ」
 二層構造の下層で上がった喜びの声に、司令部室全体がどよめきに包まれた。
 上層で思わず机に身を乗り出した金城の前方 ―― 下層に設けられた3DCGホログラフィ戦況図の上、大画面液晶モニタに野底岳高射陣地からの映像が投影される。
 白く輝く空の彼方、肉眼ではゴマ粒程度にしか見えないが、つぎつぎと倍率を上げていくと、次第に航空機らしいシルエットが浮かび上がる。
 ここ一週間、司令の睡眠を妨げた昆虫みたいなみたいな公国軍戦闘機とも、SF的な連邦軍戦闘機とも違う、旧世紀以来の本来の戦闘機の形。
 まぎれもなく、日本が誇る航空自衛隊の戦闘機の姿に、司令部室のどよめきが、拍手と歓声に変わった。
「やっと、来たか・・・・・・」
 ほっとした表情で、金城が喜びをかみしめるように言った。
 ぐったりと背もたれにもたれこんだ全身に、一週間で失われた生気がふつふつと蘇えってくる。
「野底経由で、接近中の航空機より発光信号!」
 上層を振り仰いだ別の通信士に、金城が先を促すように大きくうなずく。 やつれていた顔も今は、自信に満ちた笑顔を浮かべている。
「『こちら、特務航空集団“ブルーウィングス”。 貴隊の撤退を支援する。 至急、ポイントN‐34に集結されたし』。以上です」
「返信! 『支援に感謝する。我々の命、貴隊に預けよう』」
 入南風野の的確な返信文句に、すかさず金城が吠えた。
「各隊に通達! 各個に状況を判断しつつ、速やかに指定ポイントに集結せよ。 我々には空の勇者たちが味方してくれる。 出し惜しみなく、盛大な撤退戦をしようじゃないか!」
 その言葉に、中層と下層の通信士席があわただしく動き出す。
「司令部要員も各隊への通信が済みしだい、順次指定ポイントに向かえ。 急げっ!」
 金城は言い終えると、机に付いた手をぎゅっと握りしめた。
(必ず帰ってくる。 俺は、もう一度この島を取り返してみせる!)
 かつて、“琉球の英雄”とも称された自衛官は、その思いを強く、心に刻みつけた。


同日 〇六二〇 石垣島上空

 濃厚なミノフスキー粒子で包まれた石垣島をはるかに望み、“レッド・ゼロ”(第六飛行隊零号機)の高感度赤外線センサーが敵機動兵器の姿をとらえた。
『センサーに感あり。 敵はホゥラ岳北麓、南麓、の二隊に分かれ、於茂登岳に侵攻中。 それぞれ機動兵器二機ずつの部隊です。 他に、野原崎沖に潜水艦と軽空母が一隻ずつ、於茂登岳にミサイル攻撃を行っていますが、まもなく第二対艦航空隊がけん制の攻撃を与える予定です』
 無線の声に合わせて、サブモニタの画面に石垣島の戦況図が投影されていく。
 とはいえ、センサーでわかるのは、島の北側の状況だけで、南側は地形図以外、真っ白だ。
『この様子では、基地の南側にも相当数の戦力が侵攻していると思われます』
 緊張した“ブルー・ゼロ”福原香奈の声にも、初陣の時に見せた不安はない。
『だろうな。 これだけじゃ他の島に攻め込んだ戦力と釣り合わない。 “ブルーの頭脳”はどう見る?』
 第四飛行隊“ラズワルドバーズ(ルリカケス)”の隊長、川崎宏史(かわさき ひろし)一等空尉が試すような口調で問いただす。
 宮野の「若い者に任せる」の言葉に最もはりきっているのが、高橋より二つ年上のこの男だ。
『南側の戦力が不明な以上、北側の支援隊の員数を割くわけにはいきません。 作戦通り、“ブルーウィングス”と“ラズワルドバーズ”で北側の侵攻を食い止め、“レッドマルス”は南側の威力偵察も兼ねて上空制圧を行うべきだと考えます』
 部隊長が全体の指揮を執るということは、その部隊の戦術オペレータが作戦指揮官の参謀をつとめることになる。 その意味を承知している香奈の言葉には遠慮は見られない。
 サブモニタのベテランも、その言葉に満足げにうなずいた。
『だな。 よし、ならこっちは(底原)ダム側の二機を攻めよう。“ブルー・ゼロ”情報支援頼むぞ。 高橋、浦底の方は任せるぜ』
 言うが早いか、ブルーグレイに主翼端と垂直尾翼の瑠璃色が鮮やかに映える[はやぶさ]が、パッと乗機を蒼い海の上にダイブする。 せっかちな隊長に彼の僚機も慌てて機体を傾けていく。
『俺たちも先行する。 さっさと片付けてこっちにも戦力を回してくれ』
 対して、“赤き武神”隊は、一糸も乱れることのない堂々たる編隊を保って離脱していく。
 すでに石垣島の青々とした森が肉眼で確認できるほど接近してきている。

「二班(二号機/五号機)と零号機は“ルリカケス”の直掩と連携してバックアップを頼む。 一班(一号機/六号機)が第一陣、三班(三号機/四号機)が第二陣で、低空侵入から水平爆撃を敢行する。 目的は敵の足止めだ。当てに行かずにバラまけ」
『二班りょうか〜い』 『三班、ラジャー』
 各班の応答を聞きながら、右にバンクをつけて、海面すれすれまで高度を落とす。
すぐについてくる僚機の乱れ無き機動に、高橋自身も気合を入れる。
「行くぞ! 死ぬ気でついてこいッ」
 グッとスロットルレバーを引き絞り、後ろから蹴飛ばされるように急加速する。
 海に飛び出た平久保崎を左にかわし、緩やかな左旋回で海上をすべっていく四機の[はやぶさ]に、狙われている巨大人型兵器は気付いた様子はない。
 強烈な加速Gと旋回Gに音を上げそうな本能と闘いながら、あくまでも意識は冷徹に、無誘導爆弾の投下コースを設定していく。
 相対距離が1qを切って、ようやく敵兵器がこちらを振り向いた。
「遅いッ」
 充分目標に近づいた高橋は、ふわっ、と乗機を浮かせ、設定した爆弾投下コースに機体を乗せる。
 “巨人”も慌てて待避しようとするが、ジャングル奥深く故、容易に身動きが取れない。
 慌てる機動兵器めがけ、機首を下げ気味に突撃する。 パイロットの動揺そのままに揺れ動く“巨人”の目玉が一瞬、高橋の目を突き刺した。
「テッ!」
 右手に握った操縦桿の投下ボタンを押しこむと、『ガコンッ』と小気味のいい音を立てて、突撃の勢いをそのままに二発の69式400kg無誘導爆弾が滑落する。
 一気に軽くなった勢いで、“巨人”の頭上すれすれを通過して山肌をなめるように大きな半ループを描いて上昇する。
 ちょうど機体が背面飛行になったとき、一回目の炸裂音が高橋の乗機を揺るがせた。 その音につられて、真下を“見上げて”軽く舌打ちする。
 巨大な黒煙の中に、黒く焦げた“巨人”の頭が垣間見える。 やはり、この程度で倒れるほど柔(やわ)ではないらしい。
 “巨人”が煙りを振り払うように一つ目を左右に振ったところに、第二陣が突っ込んだ。
『喰らえッ!!』
 怒声を上げて突っ込んだ上野機の二発の400s爆弾が、煙からのぞかせた二つの“巨人”の頭に吸い込まれ、刹那、再び轟然たる炸裂音をあげた。 さらに一瞬あとには直撃を食らったらしい敵の一体が、周囲の熱帯林を砕きながら地面に倒れ伏す。
『“ブルー・3(上野機)”の投下爆弾、敵機に直撃っ! 行動不能に陥った模様』
『よっしゃ、ビンゴォッ!』
 “ブルー・ゼロ”の通信に歓声を上げた上野を、敵の“マシンガン”の火線が追いかける。
「気を抜くな! 一気にたたみかけるぞ!!」
『ラジャー!』
 高橋の呼びかけに、今度は橘機が、軍艦の速射砲並みの威力の火線をかいくぐって敵の方へ反転していく。
 宇宙では連邦軍の戦艦や戦闘機を相手に無敵を誇ったモビルスーツも、重力にとらわれた地上では、自在に空を翔ける[はやぶさ]の機動性には追いつけない。


「ああ、もうッ」
 ジャングルの真っただ中で、120mmの射線をかいくぐって迫りくる戦闘機にザクマシンガンを向けながら、ナギサは己のふがいなさと部隊の現状に舌打ちした。
 宇宙仕様のMS-06Cを簡易的に重力下仕様に改修しただけの今の機体では、地球独特の大気の“ゆらぎ”に充分対応しきれていない。
 音響センサの類も装備されておらず、予想以上に濃い密林に悪戦苦闘しているうちに、敵に気付かず背後からの奇襲を受ける羽目になってしまったのだ。
 ナギサから10m下ったところには、後ろを振り向けないまま、したたかに後頭部に直撃を食らったジム機が、ジャングルの木々をなぎ倒して横転していた。
 戦闘濃度で散布されたミノフスキー粒子に、爆弾の炸裂による電波障害もあいまって、無線はさっぱり使いものにならない。
 なんとかジム機との接触回線を開きたいところだが、空の敵は容易にそれを許してくれそうになかった。
「クッ」
 見る間に突っ込んできた敵機に、ナギサはとっさにスラスターを噴かして乗機を横に滑らせる。
 爆発の閃光が、ナギサのいた地面を容赦なくえぐり取った。
 爆弾を落としていった敵機は、よろめく機体を支えながら放ったなけなしの火線を華麗にすり抜けて、堂々とフライパスしていく。
 攻撃の合間を縫って、倒れたままのザクににじり寄る。 倒れてからピクリとも動かない姿に、ナギサの不安は加速度的に増加する。
 右腕一本でマシンガンを保持させて、左手をジム機の足に乗せると、ジムの荒々しい息遣いがヘッドセットにこだまする。
「大丈夫っ曹長!?」

 接触回線 ―― いわゆる“お肌の触れ合い会話”はモビルスーツの外部装甲の振動を利用した通信方式で、ノーマルスーツ(船外作業服)のヘルメット同士でするのと同じ原理のものだ。
 いうなれば糸電話のようなもので、直接通信相手をつないでいるので、傍聴もミノフスキー粒子の干渉も関係なし、現代戦争ではなくてはならない通信手段である。
『・・・・んくっ、あぁ、すみません隊長、またドジ踏みました』
 接触回線特有のくぐもった部下の声に、ナギサもこれ以上なく顔をしかめる。
「どう、機体は動かせる?」
『システムは落ちてませんが、操縦系統の接触不良で満足に動きません。 どうやら頭のセンサ類もイカレたみたいで真っ暗です』
「戦闘は無理そうね。 どう、脱出できる?」
『はい、大丈夫です。 ・・・・・・すみません、足引っ張って』
「仕方ないでしょ、そんなことより今は生きて帰ることを考えて。 はやく脱出準備を・・・・」
 ジム曹長を安心させるようにやさしく語りかけながら、つぅっと視線を上げると正面モニタに低空を突っ込んでくる敵機が大写しになっていた。
 あわててマシンガンを浴びせるが、するすると避けられて歯が立たない。
「ちょこまかと・・・・・・ 来るわよっ、対ショック!」
 怒鳴りながら、とっさにジム機の肩をつかみ、スラスターを全開出力させて後方に飛び退く。
 刹那、滑落してきた爆弾が倒れたザクの足をかすめ、すぐ横の木に突き刺さった。
 耳をつんざく炸裂音と前後上下にコックピットを揺さぶる衝撃に翻弄させながら、なお銃口だけは敵機から外さずに狙い続ける。
 (当たれ、当たってよ・・・・・っ!)
 歯を食いしばるナギサの思いが通じたのか、最後の一弾が敵機の水平尾翼にかすった。
 単純に口径だけで比較しても、戦艦の速射砲に匹敵する120mmザクマシンガンの弾丸は、かすめただけの尾翼の一部を木っ端みじんに吹き飛ばした。
「やった!」
 この間わずか数秒。 それでもエースパイロットの動体視力はその様子を克明にとらえていた。
 敵もさる者で、一部とはいえ機能しなくなった尾翼をものともせずに高空へと駆け上がっていく。しかし、被弾した尾翼は煙を吹き始めている。
「ジム、今のうちにこっちに来て! “スコーピオン”(木村隊)と合流するわ。急いでっ!」


『四号機(竹川機)、被弾!』
 零号機の短い報告に、高橋はあわてて四号機の姿を追った。 はたして、四号機は煙の尾を引いている。
「損害はっ?!」
『右の水平尾翼を持ってい・・ザザッ・・・、エンジンに異常な ズ・・ィジ・・・ かすっただけと思ってのですが・・・・』
 珍しく焦りを浮かべた竹川の報告に、高橋は慄然とした恐怖を感じた。
 かすめただけでこれほどの損傷 ―― まともに当たればどうなるのか、とてもじゃないが想像したくない。
「四号機は先に帰投を、三号機は念のため直掩に・・・・」
『隊長っ、敵の動きが!』
 橘の声に、弾幕の止んだ地上を見下ろす。
 倒れた敵機にかがみこんでいたもう一機が、いつの間にか山を下り、平坦な海岸を西に向かって移動していた。
『野郎、逃がすかッ』
 竹川機の直掩に入ろうとしていた上野機が、すかさず機体をひるがえして機首を敵機に向けた。
「三号機っ、深追いをするな! どうせ撃墜など無理だッ」
『“ブルー・ゼロ”より全機へ。 今すぐ攻撃を中止し、撤退部隊および支援艦隊の直掩に回ってください』
 零号機からのレーザー通信に、再びハッとなって東側を見つめる。
『何があったの?』
『詳細不明ながら、[わかさ]から緊急信号が発信されています。 可及的速やかに撤退部隊収容作業を行い石垣島を離脱、本島へ転進する、と』
 橘の問いに、香奈が困惑気味に答える。
 見掛け上は当初の作戦通りだが、余りにもその展開が早すぎる。 部隊を収容する輸送艦や揚陸艦にしても、これから収容作業をしよう、という段階のはずだ。
『クソッ、覚えてろよ!』
 上野が悪役丸出しな怒声を発して竹川機を再び追いかけ始める。
 “ルリカケス”とその直掩隊の各機も於茂登岳の稜線を越えて、収容作業が行われる川平(かびら)湾上空に集結してきた。
 反対に高橋たちが攻撃していた機動兵器は、いつの間にか見えなくなっていた。すでに撤退したらしい。

『“レッドマルス”は引き続き於茂登岳南縁の地上部隊の支援を。“ラズワルドバーズ”は於茂登岳上空で、“ブルーウィングス”は川平湾上空で、それぞれ上空警戒を行ってください』
 [わかさ]の通信区域に入った“ブルー・ゼロ”を介して、[わかさ]航空管制官の神崎三尉から各部隊への指示が飛ぶ。
 彼女はこの事態の真実を知っているのか否か ―― 若干緊張を帯びているようにも聞こえるが、その裏側まで読み取ることはできない。
『どういうことや? 輸送艦がなんか裏技でも使ったんか?』
 サブモニタに映る難波の顔も不審で曇っていた。 零号機のレーザー通信網を介して、ほかの機にもつながっている。
『思ったよりも敵艦隊が張ってないゆえの判断でしょうが・・・・・・しかし、陽動攻撃までやめさせる意図がわかりませんね』
 橘も首をひねる。 なるほど、地上では大急ぎで収容作業が始まっている。
「緊急信号が出てるのも気になる。 もしかすると本島が・・・・?」
 口に出してすぐに打ち消すも、高橋の胸にはなお、不安がのしかかってきていた。