機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第三章



 ジオン公国軍の宣戦布告から五日。
 最新装備を持つ部隊や精鋭部隊の駐屯する基地では、ある程度の踏ん張りを見せてはいたが、全体的に見ると日本国を守る自衛隊が押されているのは明快だった。

 難攻不落で連邦軍にも恐れられた稚内基地は、MSによる奇襲上陸作戦で一日と持たずに陥落。
 勢いに乗った公国軍は二日後、豊富(とよとみ)地区に配備されたばかりの第一機甲師団第三大隊の二個中隊をあっさり蹴散らし、現地作戦本部が置かれた天塩駐屯地を包囲せんと南進を続けている。

 初戦で竹島防空陣地を火の海にしたウラジオストクの公国軍航空隊は翌日、ジオン公国に恭順したモンゴル・シベリア自治州を背後に、瀋陽(シェンヤン)の友軍と共に朝鮮半島北部に侵攻。大連(ターリエン)からも艦隊が派遣され、三方向から連邦軍・平壌(ピョンヤン)基地に肉薄しつつある。
 朝鮮半島南部は、日本自治政府と秘密協定を結んでいる反地球連邦組織、朝鮮統一解放戦線(ULFK:United Liberation Front of Korea)が一世紀近くにわたって実効支配しているものの、日本側では公国軍が朝鮮半島を経由して九州になだれ込む可能性が高いとする懸念が広まっている。

 日本の政治史上、最も混迷を極めている日本自治国議会は、内閣が開戦翌日に緊急提出した防衛出動命令と防衛出動特別措置法案の審議が難航し、5月4日未明に行われた強行採決の末、ようやく衆議院を通過した。
 かつての大政党政治はとうに終わりを迎え、戦国乱世の如く小規模政党が乱立、似通った主張の政党がその場しのぎで組む連立政権下の議会では、発動条件たる衆参両院で3分の2以上の賛成など夢のまた夢。
 参議院の反対派議員を賛成派が説き伏せられれば二週間、法案のすり合わせと削りあいをするなら二ヶ月、前線の自衛隊は第二種防衛行動許可命令による武器制限下での交戦を強いられる、というのが大半のメディアの予想だった。

   ―― 公国軍 西表島・宮古島占領部隊と連合し石垣島へ上陸作戦を敢行す ――
 そんな状況下で“天空の島”からもたらされた情報は、現場と政府・国会との緊張に拍車をかけ、危機感をあおるような報道は、国会に対する国民の不満を暴発寸前にまでかきたてていった。
 深刻化する状況に慌てふためきながら、なおも互いの腹を探り合い続ける政治家たちをよそに、指揮権を委任された早瀬智久(はやせ ともひさ)一等海将率いる統合幕僚監部の決断は素早かった。

5月5日 一七〇〇 久米島沖

 地球を覆うコロニー落着の塵芥(じんかい)が、南洋の美しい夕陽をくすんだ色に見せている。
 宇宙ステーション[あきつしま]による「公国軍、石垣島へ再上陸」の一報から一日半。
 久米島沖で哨戒任務の傍ら着艦訓練を行っていた第二航空艦隊は、石垣島救援艦隊として南洋への出撃準備を大慌てで進めていた。
 石垣島の戦況は、駐屯地の通信設備が敵の攻撃で破壊されたため、[あきつしま]からの衛星写真でしか把握できない。
 しかも、刻一刻と悪くなっていく友軍の旗色に、焦燥をあおられた自衛隊総司令本部が下した指令が、第二種防衛行動許可命令による武器使用制限下での救援艦隊の派遣であった。


「そりゃよ、石垣がピンチなんはわかるけどさ、いくらなんでも無茶言いすぎやで」
 [わかさ]艦内の第二飛行隊パイロット・ルームで一番大きい、三人掛けのソファーを独り占めして寝ころぶ難波が、ため息とともに読んでいた紙をテーブルに放った。
 するすると小さいテーブルを滑った紙は、落ちる寸前で向かいに座る福原佳織の手で受け止められる。
 整備士兼パイロットの御崎と戦術オペレータの福原香奈は、ともに零号機の整備に向かい、部屋にはそれ以外の若手パイロットが駄弁っていた。
「第二航空艦隊及び所属飛行隊は、第二種防衛行動許可命令に従い、可能な限り敵部隊を撃退し、石垣島駐屯部隊脱出の援護をせよ ―― 味方の救援どころかこっちから殺られに行くようなものよね・・・・・・」
 佳織が『作戦命令書』と銘打たれた簡素な文書を確かめるように読み上げ、大げさに肩をすくめた。その手から滑り落ちた文書は、ようやくテーブルの隅にその身をとどめる。
「松代(自衛隊総司令本部)も黙って石垣島を渡すわけにはいかないのでしょう。 “琉球の英雄”たる石垣島の金城司令官を失うのは自衛隊全体の士気にも関わってきますし」
 冷静に分析して見せた橘の表情も、とても納得しているようには見えない。
 まして、彼女の実父は、関西国際空港に併設された航空自衛隊西日本作戦司令部の主席幕僚、つまり、この簡潔なる文書を送ってきた、橘 俊英(たちばな としひで)三等空将その人。
 自衛隊の作戦に父娘(おやこ)の感情を挟む余地などないが、娘を最も過酷な作戦で以って戦地へ送る冷徹な軍人を貫く父の姿に、心中複雑なものがあるのだろう。
「まぁ、それほど我々に対する期待が大きいということだ。 敵航空機との交戦はすでに経験済みだし、対地支援も無誘導爆弾の使用が許可されている。 命令が簡潔なのは、いくらでも“やりよう”はあるということだ。 必ず、全員で生きて帰るぞ」
 と、楽観的に述べた高橋自身も、作戦のあまりの簡潔さに不安を抱いている一人だ。
 全滅も覚悟せねばならない極めて困難な作戦であるのは百も承知。
 しかし、部隊を預かる隊長として、事実を述べて隊員の悲壮感をあおり、絶望とともに死地へ連れていくわけにはいかなかった。
 それに、彼の部隊のパイロットはいずれも、自衛隊が、そして隊長たる彼自身も認める、超一流の腕を持つ精鋭パイロット。 その腕への信頼ゆえに、高橋は楽観的な言葉が言える。
 果たして、隊長の信頼はそのまま、部下の自信と誇りに繋がる。 不安をものともしない力強い言葉に、若い部下たちも自信を持ってうなずいた。

「おおお〜」 「良い手やね〜」
 室内を包む緊迫感とは正反対の和やかな歓声が、壁一枚隔てたロビーから聞こえてきた。
「まったく。 よぅ、こんな時に盛り上がれるよなぁ」
 ソファから起き上がり、窓枠に身を乗り出した難波は、そこに広がる光景に呆れたようにつぶやいた。
 パイロット・ルーム中央の広々としたロビーでは、若手パイロットの心配や不安をよそに、戦場慣れした年長のパイロット達が、将棋、囲碁、チェス、麻雀など、各々で持参したボードゲームで遊んでいる。
 他にも、訓練用シミュレータを応用したゲーム機でスコアを競う者、久々に会った他部隊の友人と語りあう者、果ては[はやぶさ]のプラモデルを組み立てている者など、思い思いに娯楽に興じている。
 第二飛行隊の上野、竹川の二人もそこに交わって、麻雀牌をかきまぜている。
「ウジウジ悩んでるより、開き直って遊んでる方がマシだと思うよ? “蒼き翼(ブルーウィングス)”の“自称”エースく〜ん」
 笑いを含んだいたずらっぽい声を聞き、頭上を見上げた難波ばかりか、部屋にいた“蒼き翼”メンバーの全員が、あっ、と驚いた。
「げぇっ、め、恵っ!?」
「神崎先輩!? ど、どうしてここに?」
 難波の驚愕と佳織の問いかけに、声の主――神崎 恵は不満そうに柳眉をゆがませた。
「なにその驚き方。 まるで化け物みたいじゃない」
「“みたい”ちゃうやろ。 って、たっ、痛いて!」
「相っ変わらず、あんたの口は減らないわねっ」
 難波のボソッとしたつぶやきを聞き逃さず、神崎が耳を引っ張ってお返しする。
 小学校からずっと先輩後輩の間柄が続いているという二人。互いに名前で呼び合うほど仲が良いため、『いっそのこと一緒になれば』と特務航空集団中で噂されている。(当人は断固否定しているが)
 パイロット・ルーム中の微笑ましい視線を集める夫婦漫才を眺めていた佳織は、ふと『似合いすぎるからお互いに反発するのかなぁ』と思った。
「で、それはともかく」
 神崎の後方に、ニヤニヤと楽しんでる宮野一佐としかめっ面の瀬川二佐の姿を認めた高橋は、作戦時以上の勇気をふるって壮絶なる舌戦に割って入った。
 夫婦漫才と指揮官二人との絡みを期待してたギャラリーからは、落胆の空気が漂う。知ったことか。
「五日前に大阪にいた管制官の神崎三尉が、なぜこちらに?」
 神崎より後ろの指揮官に意識を向けた問いかけに、宮野が「あ、そうそう」と我に返ったように応じた。
「彼女の紹介も含めて、今のうちに今回の作戦会議を行う。五分後、全員ロビーに集合な」
 高橋に、ではなく部屋にいる全員に向けた言葉に、和やかな空気は一変した。


 きっかり五分後。
 一糸乱れぬ無駄のない動きによって、娯楽施設と化していたパイロット・ルームのロビーは、瞬く間に大規模な作戦会議室に模様替えされた。
「よし、全員集まったな」
 艦首方向に設置された大型スクリーンを正面として整然と並べられた椅子に、余すところなく全員が着席したのを確認して、宮野がひとつ咳払いをして資料をめくった。
 スクリーン脇に設けられた指揮官デスクには、今次作戦を指揮する宮野のほかに、次席指揮官をつとめる瀬川、そして両指揮官の補佐役然とした神崎が、五十余人からなるパイロットたちの視線を平然と受け止めている。
「まずはじめに、私の横の美しいお嬢さんを紹介しておこう。大阪基地から派遣された、神崎 恵 三尉だ。 彼女には[わかさ]から作戦指揮管制を担当してもらうことになった。 彼女の優秀さは諸君らも演習などで理解していると思うが、よろしく頼むぞ」
 宮野の紹介で立ち上がった神崎は、一寸の隙もない鮮やかな敬礼でそれに応えた。
「神崎三等空尉です。 私自身、空護艦(航空護衛艦)からの管制業務は初体験で、至らないところはあると思いますが、よろしくお願いします」
 神崎が言い終えると、期待と歓迎の拍手がロビーを包んだ。
 しかし、高橋の右隣の難波だけは、周囲の歓迎とは正反対のため息を吐く。
「では、今回の作戦命令書に基づいて立案した、石垣島救援作戦を説明しよう」
 拍手が鳴りやむと、神妙な顔つきになった宮野が重々しく会議の開始を宣言した。
「既に知っているとは思うが、今次作戦には、この場にいる第二飛行隊、第四飛行隊、第六飛行隊、第二対艦航空隊の諸君らと[わかさ]・高速護衛艦[ゆら]と[によど]の第二航空艦隊、揚陸艦[ちくご]・高速補給艦[ゆうぎり]・ヘリ搭載護衛艦[はまかぜ]の第三・第四海兵中隊で編成された石垣島救援艦隊と、すでに先発している第九支援航空艦隊(航空護衛艦[とくのしま]・護衛艦[せんだい]・[うらかぜ])と第五飛行隊、第九対艦攻撃隊、第一三飛行中隊が参加している」
 宮野が読み上げると、沖縄本島を中心とした南西諸島全域の地図に、参加部隊名と編制、位置などがそれぞれスクリーンに表示されていく。
 同時に、二手に分かれた部隊のそれぞれの目的地への矢印が投影された。
「先発した第九航空艦隊は、宮古島を占領した公国軍航空部隊を足止めするために、無誘導爆弾による夜間航空攻撃を敢行する。 我々の後に出発する南西方面隊旗下の第一五航空戦隊も、この宮古島攻撃隊に加わる予定だ」
 資料に目を落としていた宮野はそこで言葉を切り、いきなり各飛行隊の隊長に鋭い視線を送ると、部屋中に伸ばした背筋をさらに伸ばす気配が漂う。
「そして我が石垣島救援艦隊は、第九航空艦隊が叩く宮古島の北を通過し、夜明けとともに石垣島に上陸した公国軍部隊を攻撃、石垣島駐屯部隊の撤退を掩護する」
 大胆な作戦を自信満々に言いきった宮野の言葉に、隊員たちが唾を飲み下す気配が重なる。 中には武者震いする者や、思わずこぶしを握って興奮を表す者もいる。
「まず第六飛行隊が先発して制空権確保と対地攻撃隊の支援、続いて第二飛行隊と第四飛行隊が対地攻撃、第二対艦航空隊は[ゆら]・[によど]の直掩をしつつ敵空母や潜水艦の牽制任務にあたる。 俺も出るから、[わかさ]からの作戦総指揮は瀬川二佐にお願いする」
 一瞬、表情を緩めた宮野に対し、瀬川はあくまで硬い顔を崩さず「了解しました」と応じた。
 零号機パイロットでもある瀬川が艦からの指揮を行うということは、予備パイロットの御崎の出番。
 今回が初陣となる御崎の顔をうかがうと、別段緊張の色は無く、いつもと変わらぬ穏やかな表情だ。 戦闘機パイロットとしては新人同然だが、度胸だけはベテラン並みらしい。
「大まかなところは以上だ。何か質問は?」
 希望的観測が折り重なってできた作戦内容に、わざわざ疑問を指摘する者はひとりもいなかった。
 もとより、どんな無茶な作戦でも、己の矜持のみを信じて遂行するのが“特務航空集団”というエースパイロット集団の特質だ。
 そんな無謀と背中合わせで生きるパイロットたちを見渡して、宮野が思い出したように「それと、」と付け加える。
「現地の指揮だが・・・・・・ 第二飛行隊の高橋一尉に担当してもらいたい」
 ざわ、とどよめきが起こり、皆が一斉に高橋を振り返った。
 常に冷静沈着な高橋も、このときばかりは動揺してしまい、自分に指揮権を譲られたという状況を理解することに数十秒の時間を要した。
「え・・・・と、その、なぜ小官なのですか。 最高階級であり、上空支援を行う宮野一佐が適任のはずです」
「一尉の率いる第二飛行隊は、空戦だけでなく対地支援にも抜群の成績を残している。対地支援が苦手な俺よりよほど適しているだろう。それに」
 いったん言葉を切った“空の荒神”は、ニヤリ、と口元をゆがめた。
「小笠原戦役で“鬼神”と謳われた貴官に一度、部下として指揮されてみたいと思ってな。 どうだ、一尉?」
 口元も口調も面白がってるように感じるが、高橋の目を貫く視線だけは寒気を感じるほど真剣そのもの。 殺気ともとれる宮野のまなざしに、ざわついていた場もピタッと凍りついた。
 宮野の視線に文字通り貫かれた高橋は、身動きすら取れずに考えをまとめるのに必死で、第二飛行隊の面々も、そんな普段お目にかかれない苦悩する隊長を不安げに見つめていた。
 ・・・・・・そうして、黙考すること数分、
「了解しました。 精一杯務めさせていただきます」
 高橋は、心中の葛藤から絞り出すように応えた。
 対地支援が苦手という宮野の言葉は嘘である。彼が勇名を馳せた第二次極東戦争では百輌以上の地上車両を撃破した記録もある。
 対地支援訓練のデータにしても、もともと選りすぐりのパイロットで編成された特務航空集団の中で抜きん出たデータを残すなど不可能に近く、訓練の時期や方法によってわずかながら他隊を上回っている程度では誤差の範囲内だ。
 何故、苦しいこじつけを持ち出してまで、指揮を譲るというのか。
 失敗時の責任逃れ、好奇心や挑戦状、どれ一つとして納得した答えは得られないが、伝説化された英雄に挑発気味に言われると引き下がるわけにもいかず、高橋は二年前の初陣以来の重圧と緊張を覚えつつ引き受けてしまっていた。
「ま、ま、そんな緊張しなくていいぞ。 ちょっと機数が増えただけで、基本は飛行隊指揮と変わらん。戦術オペレータもいるしな。 それにいざとなったら、すぐに俺が変わるし」
 後輩の緊張をほぐそうと表情を和らげた宮野が声をかけるが、高橋の考えはさらに重くなった。
 機数はどうしようもないが、『いざ』とは、撃墜されるか、致命的なミスに陥ったとき。 どちらにしても部隊の名前を汚し、隊司令の神島の顔にも泥を塗る結果になる。
 なんにせよ、やってみなければ狙いも何もわからない。 つくづく、とんでもないことを引き受けさせられた、と高橋は心のうちでため息をついた。

 そんな重く沈む高橋の心中とは逆に、会議室の空気は宮野の殺気から解放され、ほどよく弛緩していた。 そのタイミングを計っていたように、スピーカーが艦内放送をがなりたてる。
『[わかさ]艦長より全艦に達する。 本艦隊はこれより、石垣島救援作戦の任務に就く。 本作戦の要旨は撤退戦の支援であるが、同時に今回の有事における最初の大規模攻勢作戦となる。 状況は厳しく、作戦は困難を極めるであろうが、諸君らの優秀な力によって必ず為し得るものであると私は信じている。 必ず生きて、再び本土の土を踏もう』
 [わかさ]艦長・霧島義勝(きりしま よしかつ)二等海佐の、一人ひとりに語りかけるような熱のこもった言葉は、すべての乗組員の悲壮感を完全に拭い去るには充分だった。
『出港に先立ち、各員時計合わせに協力お願いします。 一八〇〇まで一分・・・・・・』
 続いて響いた、副長・高嶋友紀(たかしま ゆき)三等海佐の冷静な声は、霧島艦長が呼び覚ました熱を体内に押し留めさせた。
 昔とは違い現在の時計は全て、日本標準時刻に寸分の狂いなく設定された電波時計であるが、「時計合わせ」の習慣は、作戦に参加する全員の心を今一度一つにまとめる儀式として、変わらず続けられている。
『・・・・・・十秒・・・五、四、三、二、一、作戦開始』
『方位二二〇、全艦機関全速前進、石垣島救援艦隊、出撃!』
『宜候(よーそろー)』
 開始の合図に間髪入れず、艦長の出撃命令が下り、全乗組員の「よーそろー」の大合唱に、主機関・66式水素ガスタービンエンジンが独特の唸り声で応えた。

 夕焼けの南洋に、六隻の護衛艦隊が静かに滑りだした。


5月5日 二〇〇〇 石垣島

 とっぷり日が暮れた石垣島。
 島の南端を占拠したジオン公国軍上陸部隊は、前日に確保して以来、唯一の上陸拠点となっている石垣空港に集結していた。
 宮古島と西表島を首尾よく占領した、第一小隊と第三小隊のモビルスーツも投入して始まったこの上陸作戦も、二日を経てようやく南部にそびえるバンナ岳のふもとにたどり着いたに過ぎない。
 慎重に慎重を期した作戦と言えば聞こえはいいが、実態は敵守備隊によって一進一退の攻防を繰り広げさせられているという有様。  バンナ岳の向こう、敵本拠地の於茂登岳へは、道なきジャングルが広がり、これまでを考えると更なる苦戦を強いられるのが容易に想像できる。
 滑走路脇に設けられた大型仮設テントに集まった面々にも、そんな進展しない作戦への焦燥と、守備隊に翻弄され続けた疲労が色濃く表れている。
 三日三晩の空爆にモビルスーツ八機、十二台の戦車と陸戦部隊、圧倒的な戦力差がありながら、互角の戦闘を強いられていることすら許されざることであるのに、さらに二機のモビルスーツを稼働不能に追い込まれた事実が、現地指揮官の焦燥感に拍車を掛けていた。
 いくらミノフスキー粒子のおかげでレーダーやセンサー、通信機器電波の妨害が効くとはいえ、夜になれば気温の低下で赤外線の探知がしやすくなり、モビルスーツを狙撃する敵にすれば格好の的となるため、夜間は戦闘を控えざるを得なかった。
 公国軍が戦いの手を引けば、撤退の時間稼ぎを考える自衛隊からの攻撃もなくなる。 暗黙の停戦期間はミーティングや休息に換えられるという、なんとものんびりとした上陸作戦が展開されてしまっていた。
 ゆえに、こうしてパイロットやオペレータが顔を合わせているわけだが、これといった打開策が思いつくわけもなく、時間だけが無駄にすぎていた。

「それにしても、これほど自衛隊が手ごわい相手とは思わなかったな」
 第一小隊長で師団のモビルスーツ中隊長も兼務する木村祥平(きむら しょうへい)大尉が、全員の気持ちを代弁するように嘆息した。
「パワードスーツの機動歩兵に、対モビルスーツトラップ、照準の困難なレールガンでの狙撃・・・・・・連邦軍とは違って、それなりの対策を立てられていたみたいですねぇ」
 士官学校の教官時代と同様、温和な口調で分析した楊 健民(ヤン チェンミン)中尉の言葉に、かつて楊教官の前で木村やマリアと机を並べていたナギサは、テントの隙間から傷だらけの愛機を見上げた。

 前回の上陸時は辛くも難を逃れたナギサの機体も、今日の戦闘では明らかにモビルスーツを意識した落とし穴にはまった直後、トゲ付きのショルダーアーマーごと左腕を吹っ飛ばされた。
 道路下を交差している使われなくなった地下溝を利用して、接触信管によってプラスチック爆弾を起爆、道路を陥没させたところに待ち伏せで照準を固定したレールガンを撃ちこんだらしい。 五度も照準角がずれていればコックピットに直撃していたところだった。
 前回狙撃に遭った二機のうち、損傷の軽かったため応急修理を施したジム機も、トラップで倒れたビルの下敷きになり、現在も二度目の応急修理の真っ最中だ。 最初の犠牲者となったジョンは、大陸の司令部から来た技術部の士官とともに敵のレールガンの分析作業に奔走しており、ここにはいない。

「開戦以来、傷一つ付かなかった“笑顔の戦乙女”も撃たれたからなぁ。 応援を呼ばないと埒があかないかも・・・・・・」
 真横で発した声に、ナギサが長い金髪を左へ振ると、すっかり弱気になった顔で木村がテントの外を覗いていた。 反対側ではナギサと同じく愛機を眺めていたジムが、ナギサのポニーテールの強襲を受けて慌てふためく。
「こっちが苦しいってことは、相手も苦しいってこと。 むしろ、補給路も逃げ道もふさがれている敵の方が状況は厳しいはずよ。 こっちの情報不足で手こずっているけど、二、三日すれば敵の方から降参してくるわ」
 木村だけでなく、全員の弱気を吹き飛ばすように、ナギサは明るい声で思った通りに言った。
 ここで隊長に弱気になられても困るし、ヘタに美辞麗句で飾ると、逆効果になりかねない。
「この島はともかく、モビルスーツに対抗できる兵器が他にもあることを考えれば、この国を制圧するのは不可能じゃないか?」
「それは無いと思うの」
 なおも続く木村の懸念をすかさず打ち消す。 普段はしっかりと自分の信念を持っているが、不利になると心配性が頭をもたげてくるのが、木村という男の性格だ。 心配を打ち消すには、ズバッと言い切るしかない。
「もし仮にあのレールガンやパワードスーツが完成された兵器なら、おそらく私たち八機では足りないわ。 それこそ、この島を焦土にするぐらいの戦力を投入する必要があるし、こうしてここ ―― 石垣空港だったっけ ―― に篭っていても、すぐに突入されて逃げ帰ることになるでしょうね。 師団だけで日本を占領するなんて不可能だわ。 でも、」
 いったん言葉を切って、木村にとって最も痛いところを突く態勢を整える。ほかのパイロットたちも、難しい顔でナギサの言葉に耳を傾けている。
「最も防備が固いといわれる北海道から攻め込んだマリアの部隊は、破竹の勢いで自衛隊の精鋭を蹴散らしているのでしょう? もしあれらが制式兵器であったなら、あのマリアでも同じように苦戦しているはずよ」
「つまり、」
 思わず士官学校時代の口調になったナギサに、楊もつられて議論をまとめにかかる。 テントの中は、いつの間にか真面目な会議らしくなっていた。
「モビルスーツを狙撃するレールガンも、機動歩兵のパワードスーツも、試作兵器ではないか、ということですね?」
「ええ。 それに、戦車や攻撃ヘリ、歩兵部隊の運用を見ても、通常の運用をしてきていないわ。 おそらくここの守備隊は、対モビルスーツ戦闘の方法を検証する実験部隊だと思うの」
「なるほどな。 言われてみれば確かに、妙に準備がいい割には、攻撃は淡白な感じがするな。 よく敵と遭遇する隊とまったく遭わずに進む隊があるし、どことなく敵も手探りでやってる感じだ」
 木村の表情にも明るさが戻ってきた。 頭が回り始めた証拠に、腕組みを組んで中空をにらむ。
「実験部隊となると、対モビルスーツ兵科の要員は案外少ないかもしれませんね。 他兵科の部隊も結構確認できますし」
 楊が現況を書きこんだ石垣島の地図に見入った。
 ナギサが最初に乗り込んだ半島にも複数の部隊が沿岸警備に当たっている様子が、偵察機から報告されている。
「よしっ」
 考えがまとまったのか、木村が声を上げた。
 ナギサを振り返り、『ありがとう』と言うようにひとつ頷いた。
「フィオナ、陸戦隊の隊長を呼び出してくれ。 あと潜水艦と空母の艦長にも連絡を」
「はいっ」
 上陸部隊のオペレータを担当するフィオナ・カッシーニ伍長が、すぐさま通信車両へ駆けだす。 名前の由来だという銀髪が月明かりに輝く。
「楊教官の隊は、明日も戦車隊とともにここから出撃してください」
「了解しました」
 木村もナギサも士官学校からの名残で、楊を『教官』と呼んでいる。
 楊も階級にこだわらず、誰彼なく丁寧に接する親しみやすい性格から、いつしか他の兵士も、実戦経験豊富な彼を『教官』と呼び慕うようになっていた。
「ナギサと俺の隊は修理が終わり次第、潜水艦に移る。 夜のうちにここを制圧するから、今のうちに仮眠を取っておいてくれ」
 ナギサは木村が指し示す場所を覗きこんだ。 さっきの様子とは正反対の不敵な策に、思わず表情が緩む。
「作戦の詳細はあとでゆっくり話す。 ひとまず解散だ」

 静かな月夜の下、暗く疲れていた公国軍にも、久方ぶりの活気がよみがえってきた。
  ―― 静かに、しかし着々と、戦機は熟していく。 ――