機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第二章



同日 一一三○ 石垣島 安良岳北麓

 ジオン軍航空部隊による爆撃を受けてからの司令部の行動は素早かった。
 北西から押し寄せる敵編隊を野底岳の高射陣地と海岸線に出動した自走式高射砲やSAM(Surface-to-Air Missile:地対空ミサイル)によって、浦底湾の上空に釘付けにさせつつ、島の南東側から島民を脱出させることに成功した。
 敵陸上部隊の上陸が予想される平久保地区には、偵察要員として展開させていた第一狙撃小隊と共に、新たに安良岳の麓に第五二・五三戦車小隊で臨時構成された第二機甲隊と、第六二普通科中隊を展開させ、敵上陸部隊に備えている。
 また、石垣空港に駐屯する第一航空隊(対地攻撃ヘリ)も、平久保地区の第一機動中隊の援護を行うため、移動準備を開始している。
 さらに、安良岳から半島の付け根部分までの区間に、戦車隊、普通科隊、砲兵隊などを展開させ、基地防衛線を構築しつつあった。
 ジオン軍潜水艦は当初、平久保崎と浦崎の中間点に上陸を開始したが、サンゴ礁に阻まれ上陸作業は難航したため急遽、平久保崎を迂回し平久保集落の海岸に接岸、再上陸を開始している。
 陸自側もこの作業を黙って見逃すわけもなく、対MS試作兵器を装備した第一狙撃小隊の再配置を行っていた。

「こちら、“一三一・○一”(ひとさんひと・まるひと)。三体の“ひとつ目”を確認。距離7000(メートル)。以上」
 宇宙開発黎明期(21世紀初頭)の宇宙用船外活動服を思わせるスーツを装着した人影が、射撃スコープに映る巨人兵から目をそらさずに、陸自独特の無線コールを発した。
 ここは安良岳の北麓に広がるジャングル。 男が見つめる眼下には、青々とした草原に点在する集落跡と、白い砂浜で仕切られたコバルトブルーの海が広がる。
 彼の名は平良直樹。陸自の中で五指に入るといわれる、狙撃の名手だ。
『現本(ゲンポン)了解。その他敵情は?』
 伊原間(いばるま)地区に展開した現本(現地作戦本部)の女性通信士が短く問い返してきた。
「歩兵二個小隊うち戦闘工兵が二個分隊、武装車両6台が確認できる。“ひとつ目”を歩哨として陣地を構築している模様」
 『銃』とは名ばかりの、長大な『砲身』をピクリとも動かさず、平良も即答する。
 78試式狙撃銃。
 対戦車ライフルをヒントに『対MS戦闘』を目的として、戦略自衛隊技術本部で開発された長距離狙撃用レールカノン『砲』だ。
 もっとも、カムフラージュ用のネットがかけられ、遠くからではその雄姿は見ることはできない。
 U.C.(宇宙世紀)0075、戦略自衛隊情報部がキャッチした『サイド3国軍が新型機動兵器の開発に成功』の情報は、統合幕僚監部ばかりか、戦略自衛隊技術本部にも大きな衝撃を与えた。当初こそ戦術的効果が軽視されていたが、性能が徐々に明らかになるとともに脅威を抱いた戦略自衛隊上層部は、対MS戦闘を研究する複数のプロジェクトチームを設立。MS開発と平行して従来の兵器による対抗策も次々に考案され、試作されたものは各実戦研究部隊において評価試験が行われている。
 第一機械化混成大隊に配備され、今、平良が着ている77試式装甲強化戦闘服もその過程で試作された兵器のひとつだ。
 リハビリなど医療用や災害救援活動に用いられるロボット・スーツ(パワード・スーツ)の技術を軍事用に転用したもので、[アーマー・スーツ]と呼称されている。 対G装備の施された宇宙用船外活動服(一般にノーマルスーツと呼ばれる)の各関節部分に装着者の筋力を数倍まで高める補助モーターをもち、足の裏のベアリングローラーによって戦車を凌駕する機動性を実現。  歩兵を市街地や森林地帯での対機動兵器戦闘に特化させた、自衛隊において、唯一MSに対抗できる兵器と言われている最新装備である。
 先の78試式狙撃銃も、この[アーマー・スーツ]の使用を前提として開発された対MS戦用オプション装備だ。
『○一、一一。第一分隊、配置に着きました』
『こちら二一。第二分隊、配置完了!』
 二つある分隊から、相次いで報告が入る。
 第一狙撃小隊は、隊長・平良の下に二人一組の分隊が二組、計五名の構成になっている。
「一三一、総員配置完了」
 旧平久保地区に上陸しつつある敵部隊陣地を山林に身を隠した五人の狙撃手で取り囲む、『鶴翼の陣』とも言うべき配置だ。
 いかに、MSの厚い装甲を貫く目的で設計された78試式狙撃銃でも、一発の弾丸で打ち抜ける確証は無く、複数銃での同地点同時射撃を行うよう指示されていた。
 移動困難な森林地帯での狙撃で、連続発射が不可能な狙撃銃の性能を考慮し、鶴翼の中央に位置する平良、右翼の一班、左翼の二班の三方向から互い違いに狙撃し、敵に射点を悟られにくい配置になっている。
 一方ジオン軍は、旧平久保集落の中心部に武装車両と黒い“ひとつ目”一機が展開し陣地を構築しているほか、二機の緑色の“ひとつ目”がそれぞれ陣地の南側と東側に立ち、警戒を行っている。
『配置完了、了解。別命あるまで待機』
「了解」
 緊張しきった新人通信士からの通信が切れると共に、平良はため息を吐き出した。 全身に感じた脱力感に、先ほどの新入りほどではないものの、初の実戦を前に相当力が入っていることを知り、平良は思わず苦笑いした。
 いかに世界を股にかけたことがあるとはいえ、所詮はスポーツの話で、競技とは異なる重苦しい緊張感を味わわされていた。 分かっているはずなのに、数秒おきにレールガンバッテリーの残量をいちいち確かめてしまう。耳元の羽虫がうっとうしい
 7メートルを超える全長をもつ78試式狙撃銃は、炸薬を必要としない電磁レールガン方式の銃器で、高初速の代償として一発の発射に大量の電気を必要とする。 電源は主に、島の各所に設けられた発電機からの外部電源、補助ホバー車に搭載された燃料電池や太陽電池、銃底部分に内蔵されたバッテリーによって賄われている。
『一三一、金城だ。戦況送れ』
 突然、ヘルメットに響いた大隊長の野太い声に、平良は思わず首を竦めた。
 司令部に腰を据え、現地作戦本部を介して前線の状況を聞くのが普通の基地司令だが、金城にそんな常識は通用しない。 最前線を第一に考える彼は、平時も一人で出歩いては訓練中の各部隊に予告無く顔を出し、時に共に訓練に参加し、時に不備を見抜いて的確に指示を出す。
 ――金城司令は、基地中の隊員の顔と名前を覚えている――島中に流れるそんな噂も、金城の人柄が階級の上下無く、全ての隊員に慕われている結果であろう。
 いままで現本に伝えた状況を簡潔にまとめると、金城は「ふむふむ」とうなずき、
『なるほど、よく分かった。現本の通信士が緊張のしすぎで何を言ってるか分からなかったんでな』
と言って、ガハハハと笑った。平良も若い通信士の声を思い出して苦笑する。
 戦場にあるまじき和やかな雰囲気が流れたのも一瞬、金城は再びドスの利いた声をヘルメットに響かせた。
『一三一に指標“ろ”への攻撃を許可する。一三一各員、射撃備え』
 指標“ろ”は南側に立つ――つまり平良が射撃スコープに捉えている――“ひとつ目”だ。
「はっ!」
 とっさに応答しながら、平良は射撃準備のシークエンスを開始する。一度緩みかけた糸が、一瞬にして張り詰めた。
『〇一は五分後に初弾。以後の判断は〇一に任せる』
 待機状態にあったレールガンのシステムを起動させ、銃底部分と主電源の燃料電池を接続する。 起動をとめたホバーに代わる供給先を与えられた電気はケーブルを介して銃把に備え付けられたコンデンサに集められ、射撃時に銃身に通る二本のレールから解放される運命にある。 わずか6メートルの銃身から射撃時に一気に解放される何千ボルトの電流が、銃弾に秒速五千メートル以上の初速を与えるのだ。
『特に〇一は、この部隊で初めて敵を攻撃する役だ。絶対にはずすな』
「了解。 最善を尽くします」
 一度は引いたいやな汗が、再び手袋の中を蒸らすのを感じながら、努めて平静な声で答えた。
『そうかしこまるな。貴様は日本、いや世界一の狙撃手だ。ましてや相手はあれほどの巨体。貴様では、外すのに苦労するだろ』
 かすかな語尾の震えを感じ取ったのか、金城は一転して明るい声をかけてくれた。 その声に、糸を引っ張る力が心もち緩み、競技中の冷静な思考が帰ってきた。
 さっきまで無性に気になっていた羽虫の音も消え、スコープに大きく映る巨人兵に意識が集中する。
 いける、これならやれる。
「確かに外すのが難しいですね、これは」
 平良のつぶやきに、他の隊員も一様に苦笑しつつ同意する。 金城の言葉は、隊員全員の動揺まで抑えてしまったようだ。
(さすが、歴戦の指揮官だけの事はある)
 自分もこうありたいものだと思う。
『よし、その意気だ。では、良き戦果を期待する』
「了解!」
 司令部との通信が切れた途端、待っていたように現本から通信が入る。
『一三一、現本。現在こちらに第一航空(ヘリ)小隊が急行中。早くとも四十分後に攻勢に出るため、それまでの戦線維持を頼みます』
 こちらは上官に一喝されたのか、語尾は震えているもののしっかりとした女性通信士の言葉に、平良はできるだけ優しい口調で答えた。
「了解した。巨人はこちらに任せろ。大いに混乱させて一匹たりともそちらには行かさないから、一分でも早く援護を頼むよ」
『はい! そちらもお気をつけて』
 平良の言葉に、多少は気がまぎれたのか、若い女性通信士も明るく答えてきた。
 部下に最後の指示を与えている間に、初弾の時間が迫ってきた。
 平良はひとつ、大きく深呼吸して、けだるそうに動く巨人兵の目に照準を合わせる。
 頭は既に狙撃のことしかない。目の動きに呼吸を合わせてタイミングをつかみ、射点を定める。
 残り30・・29・・28・・・ バイザーに映る初弾発射のカウントを数えながら、平良はゆっくりと無駄の無い動きで、銃身の根元にある操作用の銃把を握り、発射トリガーに人差し指をかけた。


同日 一一三八 石垣島旧平久保地区

「あっつぅ〜」
 ザクU特有の狭いコックピットの中で、タンクトップに短パンという、軍人に見えないラフな格好で座るジョン・スミス軍曹が今日何度目かの声を上げた。調子の悪い空調は全力稼働を続けているが、外の気温と背中の核融合炉の熱のおかげで、暑さは一向に改善されない。
「たいちょ〜、もう死にます。代わってください」
 汗だくの顔を右モニターに映る女性軍人に向けながら、無線に話しかけた。間髪入れず、やけに元気な声がコックピットにこだまする。
『そんなに言うなら死んでもいいよ。認識票ぐらいなら拾ってあげるから』
 光り輝く笑顔だが、言葉にはまったく取りつく島も無い。上陸から30分。督促も五回目となると反論にも必死さがにじむ。
「空調がちっとも効かないんすよ〜。せめて扇風機を・・・・・・」
『も〜しつこい! それだけ話せたら、あと四時間は楽勝だよねっ』
「そ、そんなぁ〜」
 楽しそうに告げられた死刑宣告に、ジョンは頭を抱えた。
『いいかげん諦めろジョン。お前じゃシュナイダー少尉には敵わんさ』
 苦笑交じりのジェームズ・ハミルトン曹長の言葉に、ジョンは反対側のモニターを睨む。
「ジム、何でアンタは平気なんだよ?」
『暑いと思うから暑いんだよ。じっとしてれば涼しいもんさ。それに、お前さんとは鍛え方が違うわな。トレーニングと思って我慢しな』
『そーゆーこと。生きてたらあとでごほーびあげるから、死なないように頑張って』
 あくまで涼しげなジムの言葉とナギサのまぶしい声がサラウンドで響き、ジョンはガックリとうなだれた。
「りょ〜かい・・・・・・」
と力なく答えながら、ジョンは心の中でつぶやいた。
(『笑顔の戦乙女』とはよく言ったものだぜ)
 勇気ある戦士の魂を回収し神にささげる戦乙女(ヴァルキューレ)。
 女神像のような、美しくも冷酷な印象から『慈悲なき女神』と呼ばれるマリア・桐咲中尉に対し、ひかり輝く笑顔と部下への容赦ない言葉、その容姿にそぐわない戦果から、ナギサに付けられた称号だ。
 本人もその称号がいたくお気に入りらしく、愛機にはパーソナルエンブレムの「白馬にまたがり槍を構える美しき乙女」が描かれているばかりか、部隊のコールサインまで『ヴァルキリー』に変えられているほどだ。
「はぁ〜・・・・・・・・・・・・ん?」
 本日何回目か――転属してから何百回目かのため息をついて、力のない目をメインモニターに向けると、不意に青白い光を感じた。
「何だ?」
 とジョンがつぶやく間にも光はコックピットを押し包み、直後。

 ――ギュアァァーーンッ

 なんとも形容しがたい音と青白い光の筋が、石垣島の美しい海岸線を貫いた。


同日 一一四〇 石垣島 安良岳北麓

 ヘルメットのバイザーに映る数字と、自らの数える数字が同時に「0」を示した時、平良はトリガーにかけた指に、迷い無く力を込めた。
 すでに初弾が装填された銃身に、「解放」を示す電気信号を受け取った銃把のコンデンサから、数十メガジュールものエネルギーが瞬間的に注ぎ込まれる。 注がれた電流は、銃身を貫く二本の伝導体レールに流れ、間に挟まれた徹甲弾をプラズマ化した電流が包み、プラズマを介した電気回路が銃身内に形成される。
 形成されると同時に発生した磁力によって、90mm徹甲弾は一瞬にして5.5km/sの初速を得、目標めがけて放たれた。
 青白く発光したプラズマをその身にまとい、さながらビーム砲のごとく石垣島の空に放たれた78試式電磁投射型徹甲弾は、二秒もしないうちに寸分の狂い無く、ザクUのモノアイのど真ん中を正確に貫いた。


同日 同時刻 石垣島 陸自駐屯地

――クァアァーーン
 他にたとえようのない、78試式狙撃銃特有の発射音が耳に届くと同時に、伊原間現本の担当にまわった上原の声が中央司令室に響き渡った。
「一三一・〇一、初弾発射! 指標“ろ”に命中!!」
 喧騒と緊張が支配する司令室を、ドッと沸いた歓声が押し包んだ。
 金城は口元をニヤリと歪め、かたわらに立つ入南風野と顔を見合わせる。
「陸上自衛隊、反撃の狼煙(のろし)だ」
 金城のつぶやきに、観測班担当の通信士の「指標“ろ”、頭部大破!」の声が重なった。


同日 同時刻 石垣島旧平久保地区

 何が起こったかわからなかった。
 気がつけば目を射抜いた青白い光の代わりに黒煙がもくもくと上がり、何らかの兵器の直撃を食らったジョンのザクが仰向けに倒れ、地震を思わせる震動がコックピットを上下に揺さぶっていた。 狙撃を受けたらしいと考えた頭が手足を動かし、軍人の本能がナギサの機体を手近な建物の陰に潜ませた。
 のどに絡む乾いた唾液を無理やりのみ下し、ナギサはかすれた声を無線に吹き込んだ。
「・・・・・・何があったの?!」
『南方の密林から砲撃を受け、ヴァルキリー3(ジョン機)の頭部に命中、転倒しました。ヴァルキリー3からの応答はありませんが、生存は確認できます・・・・・・』
 古いはしけに接舷したユーコン級潜水艦[エレクトラ]のブリッジから、当直オペレーターの混乱した声が聞こえた。
「敵砲の種類は?」
 脳髄に一筋残った青白い光を見つめながら、すかさず問い返す。
『メガ粒子砲の類じゃありませんか?』
 同じ光を見たらしいヴァルキリー2(ジェームズ機)の言葉に、オペレーターはますます困惑した言葉を放つ。
『強烈な磁場変化は観測しましたが、メガ粒子の反応は出ていません。実弾砲の可能性が高いかと』
 ミノフスキー粒子を縮退して発生するメガ粒子をIフィールドで囲って収束させることで、高エネルギーの粒子ビームを放つメガ粒子砲は、その破壊力とエネルギー効率の良さから、従来の光子レーザー砲と実弾による砲撃戦が主流だった宇宙戦闘に大変革をもたらした。 大出力のミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉(核融合炉)をもつ宇宙戦艦に採用され、宇宙戦闘の主役となったメガ粒子砲だったが、大気圏内では空気の層にぶつかる事で粒子が減衰、威力・射程距離ともに落ちるため、自衛隊はおろか地球連邦地上軍でも研究はほとんど進んでいない。
 とはいえ、対空レールガンならいざ知らず、MSを一撃で沈める陸上兵器など、噂でも聞いた事が無かった。
「とにかく、このままじゃジョンが危ないから、次の砲撃が来るまでにこっちに引っ張り込むわよ。ヴァルキリー2援護して・・・・・・」
 ナギサが言い終わるよりも早く、今度は右からまぶしい光が差し込んできた。途端、

 ギァアァァーーンッ

『ぐわっ』
 うめき声と共に、ナギサの右後方に居たヴァルキリー2の機体が吹っ飛んだ。
「ジムっ!?」
 ナギサの悲鳴に、ビルに頭から突っ込んで止まったザクから通信が入る。
『スミマセン、足をやられました。隊長、援護するので今のうちにジョンを・・・・・・』
 見れば、ヴァルキリー2の右足がひざ下から吹き飛んでいた。とてもじゃないがまともに戦える状態には見えない。
「ジム、脱出してっ! [エレクトラ]、ジムとジョンの回収をお願い。それと、航空隊に支援要請を」
 何かを感じて、ナギサはとっさに機体を南のジャングルに一番近い建物の陰へと移動させる。
 直後、ナギサが隠れていた建物は、右後方からの砲撃で木っ端微塵に吹き飛んだ。
「私は南側をけん制するから、陸戦隊は北西をお願い! 航空隊が来るまで持ちこたえて!」
『了解!』
 陸戦隊の中年指揮官の威勢のいい声を聞きながら、ナギサは建物越しに見えるジャングルに120mmザク・マシンガンの銃弾をばら撒く。
 照準をつけず、ジャングルに向かって銃弾を打ち込みながら、ナギサは今までにない底知れぬ手強さを自衛隊に感じていた。


同日 一三二〇 石垣島旧平久保地区

 平良は安良岳の北東に広がるジャングルにある“ガマ”のひとつに身を潜ませていた。
 “ガマ”とは琉球の島々に点在する鍾乳洞のことで、20世紀の太平洋戦争において日本軍や地元住民の避難場所として利用されていたものだ。 石垣島には有事の際の緊急電源として、いくつかの“ガマ”に使い捨ての燃料電池が備え付けられている。
 平良は、加熱した銃身を冷やすのと、狙撃銃の内部電源への電力補給のために立ち寄っていた。

「これさえなかったら、もうすこしまともな運用ができるのにな」
 “ガマ”の入り口から見える“一つ目の巨人兵”の丸い頭を眺めながら、平良はうらめしげにつぶやいた。“ガマ”の外からは、敵航空機の爆撃音や“巨人兵”が歩く地響きが鼓膜を震わせる。
 世の中に完全な兵器がないように、この78試式狙撃銃もまだまだ克服できていない弱点を抱えていた。
 最大の難点は、銃身の加熱によって連射ができないことだ。
 銃弾と銃身内部のレールとの間に起きる摩擦熱と、電流のプラズマ化で発生する熱エネルギーの相乗効果で、狙撃銃の材質が耐えうるギリギリの温度まで異常加熱してしまうのだ。 放熱しやすい材質の研究や空冷システムの改良により、すばやく冷却する事ができるようにはなっていたが、それでも次弾発射までは最低でも5分の冷却時間を必要とした。
 しかも、移動のために銃身を収納すると、空冷の機能が低下するため、冷却時間はさらに延びてしまう。
 また、電源の出力の関係上、短時間で三発までしか撃てず、このように再充電を行いつつ銃身を十分に冷却させる必要があった。
「一三一各員、現在地知らせ」
 狙撃銃の銃声が途絶えた事に気付き、平良はヘルメットのマイクに声を吹き込む。
 どうやら、全員が平良と同じように“ガマ”で待機しているらしい。
「〇一了解。一一、一二は別命あるまで待機。二一、二二は撤退を開始しろ」

 一射目、二射目で二機を行動不能にするまではよかったが、簡単に退いてくれるほど敵の指揮官も甘くなかった。こちらの狙いをすぐに読んだらしい隊長機は、間一髪で三射目をかわし、平良の潜むジャングルに向かって闇雲に120mmの砲弾を撃ち込んできた。
 的外れの砲撃に当たる方が難しいが、2m強で18mを超える“巨人兵”に近接戦闘を挑むほど度胸はないため、銃身の急速冷却を止めて移動するしかなかった。その後、部下四人と幾度と無く攻撃を仕掛けるも、勘と腕がいいのかことごとく狙撃をかわされ、さらに運悪く戦車隊の砲撃に遭い、一人の部下が負傷してしまった。
 交戦後四十分で来るはずの援護部隊は、移動途中に敵航空部隊の空襲に遭い、未だ戦場に姿を現していない。
 平良は徐々に自分たちが劣勢にたたされつつあるのを感じ始めていた。

『一三一、現本。負傷者の回収および二一の撤退確認。一一一(第一機動小隊)・一一二(第二機動小隊)が援護するので、その間に一三一は離脱してください』
 自衛隊で初めて[アーマースーツ]を実戦配備した第一機動小隊・第二機動小隊は、平良率いる第一狙撃小隊と同じ第一機動中隊の隷下部隊で、中隊の中核部隊として後から来る第二機甲隊・第一航空小隊と合流して攻勢に出る予定だった。
「こちら一三一・〇一。もう終わりなのか。畳み掛けるのなら今のうちだと思うが」
 内心では『助かった』と思いつつ、若干の疑念を挟んだ。機動部隊の介入後も援護射撃など、役目が残っているはずだ。
『先ほどの敵航空機からの攻撃により、最終的に第五二・五三戦車小隊と第一航空小隊が35%の損害を受け、すでに第一次防衛線へ後退しています。基地司令部は、機甲隊が投入できないことと、一三一の狙撃により敵部隊に大打撃を与えたことから、作戦の所定の目標を達成したと判断しています』
 『勝っちゃいないが、作戦成功』ということか。不満はあるが、司令部の判断なら仕方ない。
「一三一了解。援護部隊到着後、離脱する」
『こちら一一。敵部隊、海岸まで撤退するようです』
 気付けば、航空機の爆音も遠ざかっていた。
「よし、あと五分で一一一と一一二が援護に入るから、入れ違いに離脱する。もうひと踏ん張りだ」
『ようやくですか、了解です。あ、先につぶした“ひとつ目”はどうします?』
 大学時代の射撃部の後輩でもある、第一分隊の三尉が勢い込んで聞いてきた。パイロットは脱出したのか、“ひとつ目”はピクリとも動かない。
「指標“ろ”は片足、指標“は”は頭を潰しておけ。一部だけの欠損なら、敵も持って帰って修理しようという気になる」
 破損した兵器を回収するには、別の部隊の派遣が必要となる。完全破壊よりも部分破壊のほうが敵戦力をより多く殺ぐ事ができる。
 もちろん、部下の「敵機を大破させたい」という思いも織り込み済みだ。
『了解! ヤツラが二度とこの島に来たがらないようにしておきましょう』
 一オクターブ上がった部下の声を聞きながら、平良はすっかり銃身の冷えた狙撃銃を手に取って、洞窟の入り口に立った。
 展開させていた銃身を収納し、照準器のみを起動させ、はるか遠くの集落跡で警戒中の、隊長機らしい“ツノツキひとつ目”をスコープに捕捉する。
 機体を観察するつもりで、あちこちに照準スコープを向けていると、ふと気になってスコープの倍率を上げた。
 ヘルメットのバイザーで展開するウィンドウに、倍率を上げたスコープの画像が映る。どうやら機体の持ち主のパーソナルマークらしい。
「“笑顔の戦乙女(いくさおとめ)”ってか」
 機体の左肩シールドに描かれた、笑顔が美しい乙女の絵に、平良は北欧神話のヴァルキューレを思い起こした。
 一瞬の静寂が訪れた石垣島に、狙撃音が立て続けに二回響いた。
 倒れた“ひとつ目”にスコープを向けると、二機の“ひとつ目”は同じ箇所が見事に吹き飛んでいた。
『一一一だ。一三一、待たせたな』
 銃声を待っていたかのように、雑音と共に通信が入る。
「遅いぜ。どこで道草食ってたんだ」
 同期入隊の一一一の隊長とは、気さくに話せる仲だ。
『空からありがたいプレゼント貰っちまってな。ってぇ、どれだけ潰してんだよっ。俺たちがヤる分がないじゃねぇかっ』
「お前らが来るまで待ってられるかよ。敵さんからプレゼント貰ったんなら十分だろ」
『けっ、わーったよ。さっさとかえって昼寝でもしてろ』
「おう、お前らも早く戻って来いよ」
 軽口の応酬を終えて、平良はもう一度、頭にツノをつけた“ひとつ目”を見つめた。
 “ツノツキひとつ目”は早くも新手の部隊に気付き、手に持ったマシンガンを構えなおしている。
 平良はふと、今後もこの機体と戦っていく気がした。
 だから言ってやった。
「今日はコレで勘弁してやるから、まだヤられるなよ」
 と。