そこで我々は部隊を三班に分け、一班はこのまま北上して竹島上空の戦闘機を攻撃。二班は西側から低空で侵入して上空の攻撃機を攻撃。三班は東側から竹島を迂回し、対地投擲型爆弾で敵航空母艦を強襲します。撤退路を叩けば、被害を最小限にとどめるために、竹島上空の敵機も撤退を始めると考えられます」
香奈の言葉とともに、モニターには竹島周辺のCG立体図と、各班の行動を示した矢印のアニメーションが描き出される。
『そうだな、ミサイルが使えない状況下ではこれしかあるまい。今回は初陣が三人いるから、班編成を組みなおそう』
そういうと、高橋は数秒間黙り込んだ。
『一班は俺と五号機、二班は二号機と四号機、三班は三号機と六号機に変更する。各班で周波数を合わせなおしてくれ。
上野さんと副司令、新人二人を頼みます』
『ラジャー。心配するな』
「まだ、敵弾に当たるヘマはしないさ」
上野と瀬川が声をそろえて返答した。ほかの機体からも了解の答えが返ってくる。
『零号機は三班とともに、敵艦攻撃をサポートしてくれ。各機、機銃の安全装置解除を許可する。一班は二分後に会敵、敵部隊撤退後は竹島上空に集結して指示を待て。今後は共通回線を封鎖する。コックピットは狙わず、敵味方の被害を最小限に食い止めろ。以上、各班散開!』
『ラジャー!』
全員一斉に返答して、パッと機体を翻した。
敵航空母艦へと飛行する三班の二機の後を、少し遅れて追尾する零号機の機内で、香奈はホッとため息をついた。すると、
「AAAクラスの空中管制オペレーターでも、初陣は不安かね」
さっきとは打って変わった穏やかな声音で、瀬川が声をかけた。香奈は思わず反射的に「はい」と答えた。
「自分の命を落とす覚悟は、入隊のときにつけたつもりでしたが・・・・・・いざ戦争が始まると怖くなってきて」
「初陣とはそういうものだ。誰だって怖い」
瀬川はそこで一息ついて、
「だが、私の後ろに乗っている限り、少なくとも命を落とさせはしない。だから、君は安心して自分の任務に専念しなさい」
「・・・・・・はい」
「ほら、元気を出したまえ。君の任務はチーム全員を元気で帰還させることだろ。その勝利の女神に元気が無くては元も子もないぞ」
瀬川は、やれやれ、といった調子で香奈を諭した。
「了解です!」
香奈は、いつもの我が子に対するような瀬川の様子に頬を緩めて、元気よく答えた。
二人目の「初陣」、福原佳織はというと・・・・・・
『なんで私まで香奈や夏美と同じように、初陣扱いなのよ! 上野さんも上野さんです! 一言訂正してくれたらっ』
「しゃ〜ないやろ、緊急時やし。それに前はタダの領空侵犯やってんから、実戦としては初陣てことやろ」
上官には標準語の上野も、階級が下の者には地の関西弁が出る。
『でも、そのときも連邦の戦闘機を一機、不時着させたんですよ! みんなで初陣祝いしてくれたのに、失礼じゃないですか!』
「いや、まぁ、そりゃそうやけどな・・・・・・」
百戦錬磨の勇士である上野も、乙女の怒りを前にたじたじである。
『もうっ、悔しい! こうなったら意地でも敵艦を沈めて、あの隊長に謝罪させてやる!』
「(熱くなりすぎるから新人扱いされるんだろうな。)お、おい、ミサイルは使うなよ。国会に証人喚問で呼ばれたないやろ」
・・・・・・こちらは問題なさそうだ。
『どうした、力が入りすぎてるんじゃないのか? ・・ザッ・・進路がずれてるぞ』
雑音混じりに掛けられた高橋の声に、橘はハッとなって、機体を立て直した。
竹島に近づくにつれて、ミノフスキー粒子による電波障害が強くなってきたが、無線は比較的良好な状態を保っている。
「すみません・・・・・・」
『ま、初陣だからな。仕方ないさ』
普段は厳しい隊長の優しい口調に、不意を打たれた橘は戸惑った。
「自分は何を理由に引き金を引いたらいいのか、と考えてしまって」
とっさに出た言い訳は、自分でも思いがけない言葉で、橘はますます動揺する。
『我々自衛官の任務は、日本を守るために敵を殺すことだ。どんな言葉で美化しようと、その行為は許されるものではない』
まるで、世間話をするみたいに、高橋はあっさりと言った。
『初陣になると、どんな覚悟があっても、誰もが君みたいに疑問を感じたり、恐怖を覚えるものだ。それを、たいしたことじゃない、と割り切れなかったヤツはみんな死んでいった』
高橋は懐かしむような口調から、いったん言葉を切った。
『初陣を経験した者が、初陣の者に言えることはただ一つ。とにかく今は、生き残ることだけを考えろ』
先の言葉とは打って変わった力強い言葉に、橘は思わず背筋を伸ばして「はい」と言ってしまう。
『考えることは大切だ。だが、死んでしまっては考えることも出来ないし、考えたことも無駄になる。引き金を引く理由を見つけるために、まずは落ち着いて生き残ることだけを考えるんだ。いいな』
橘の「ラジャー」の声に、警告音が重なった。電波干渉が強まる中、レーダーが辛うじて敵機の姿を捉えたらしい。
『来たな。・・ザザッ・・・三尉、この作戦の一班の任務は?』
「えっ、あっ、竹島上空の制空圏確保と、別働隊の陽動・・・・・・です」
いきなり訊かれ、あわてて答えた後、これまでになく高まる心臓に、自分の緊張を自覚した。
『よし、上出来だ。リラックスして訓練と同じように飛べばいい。安心しろ、俺の部隊にいる限り死なせはしない』
「ラジャー!」
最前の緊張が解きほぐされ、逆に気持ちが高ぶってきた。なんだかいけそうな気がしてくる。
橘はふと『やっぱりこの隊長はすごい人だ』と思った。
橘が普段どおりの声に戻ったのを聴きながら、高橋は火器管制システムを左手で操作し、機銃の安全装置を解除させた。
すでに前方はるか遠くには、豆粒大の機影が確認できる。
モニターの映像を、レーダーから機首の先端下部にある光学カメラに切り替えると、見たことも無い形状の機体が旋回している。
昆虫の頭部のように前方上部へ張り出したコックピットと、申し訳程度に付けられた短い主翼。
目の前を飛んでいなければ、とても現実の飛行機とは思えないだろう。何かの冗談だと思いたくなってくる。
連邦空軍が撃墜した機体から得られた情報によると、足りない揚力を補うように大出力のジェットエンジンで飛行し、航宙機の推力偏向スラスターによる姿勢制御技術によって、高い格闘戦性能を持っているらしい。
無理やり飛ばせているような飛行機ではあるが、実際の旋回の様子を見れば、カタログスペック以上の軽快な機動性が見てとれる。
[はやぶさ]より小さい旋回半径でくるくる回っている姿に、高橋は羽虫の印象を覚えた。
(こちらは機銃しか使えず、相手はミサイルも躊躇無く使ってくる・・・・・・ドッグファイトも苦戦しそうだな)
電子兵装で固め、遠距離空戦に優れていた連邦空軍機も、ミノフスキー粒子散布下では通用せず、近距離空戦(ドッグファイト)を持ちかけられて多数撃墜されたと聞く。
ジャミング空域での近距離空戦にも優れた性能を持っている[はやぶさ]でも、ミサイルの使用が禁じられている現状では苦戦を強いられそうだ。
注意深く観察している間に、敵機も南方から接近する機体に気付いたらしい。竹島上空にいた6機の半数が機体を翻してこちらに向かってきた。
正対すると、敵機はすぐに増槽タンクを切り離し同時にミサイルを放ってくる。
高橋は不意を衝かれたものの、右方へのバレルロールで難なくかわし、敵機を横目にすれ違った。
「クッ」
高橋は、すぐさま減速をしながら、急旋回して追撃態勢に入る。強烈なGに思わず声が漏れる。
五号機も左下方への急降下で回避し、敵編隊の下方にもぐりこむように行き過ぎた後、急上昇してインメルマンターンで追撃を試みる。
敵編隊もこちらに負けじと散開してそれぞれ旋回運動を始める。すぐに敵味方入り乱れての格闘戦―ドッグファイト―に入った。
急降下、急旋回、急上昇、宙返り・・・・・・後ろに喰らいつこうとする敵機をかわし、逆に後方に回りこんで機銃弾を撃ち込む。
互いに好射点を得ようと激しい機動を繰り返すさまは、それが命をかけた死闘であることを忘れさせるほど、勇壮で華麗なものだ。
二、三度、好射点をかわされながら、二機を同時に相手にしていた高橋は敵機の旋回につたなさを感じた。なるほど、予想以上に旋回性能は良いが、動作に入るまでが遅いため、敵機もなかなかこちらの後方に回り込めないらしい。
(機体性能では相手が上だが、操縦技術はこちらのほうが上らしい。さて、どうするか)
一分もすれば難波の二班が爆撃機に攻撃を開始する。それまでに高橋たちは上空の戦闘機すべてを引き付けておかなければならない。
(橘も腕は良いが、初陣で三機を相手にするのは無理だよな)
そのとき、二機のうち一機が挙動を乱して高橋の好射点に入ってきた。
すかさず放った30ミリ機関砲は、一発も外れることなく右主翼の付け根に吸い込まれていく。
全弾が命中した直後、機銃の弾倉に直撃したのか、激しい爆発が右主翼を吹っ飛ばした。右主翼を胴体の一部ごと根元から失った敵機はエンジンにも損傷を受けたのか、炎を噴き出しながら失速して墜落を始める。
僚機を失い動揺したのか、五号機を襲っていた敵機の動きが止まった。
『行っけぇー!!』
常時開きっぱなしの班内通信から、雑音とともに橘の気合の叫びが響く。声につられて目を向けると、五号機の銃撃を受けた敵機が火を噴くのが見えた。
(・・・・・・アレなら問題はなさそうだな。これで二対四。これなら勝てる!)
戦況を読んだ高橋はくるくると逃げ回る敵機を追うのをやめ、機体を左にバンクさせながら、通じるかどうか分らない通信機に、
「よし。残りの編隊も巻き込むぞ! 聞こえているなら、残りに構わずついて来い!」
とマイクに怒鳴りつつ応答を聞かずにスロットルレバーをグッと引いて、こちらの動きに気付いた敵機を振り切ろうと速度を上げた。
「っちくしょう!」
怒鳴るなりコックピットのフレームに左手を叩き付けた鷹野義将は、痛みに思わず顔をしかめた。
周辺空域を哨戒していた偵察機[ルッグン]が自衛隊機を発見したとき、鷹野は自ら傭兵出身者の中でも腕利きの部下を従えて迎撃に出た。
(そんな優秀なパイロットが一分もしないうちに二人も失われてしまった・・・・・・貴重な人材を二人も)
タダでさえ扱いにくいドップ型戦闘機を乗りこなし、連邦空軍にドッグファイトを挑めるほどの戦士が失われた。
あの機体で、それほどのパイロットはそう簡単に育たない。兵たちをそこまで鍛えたのは、歴戦のパイロットである鷹野だ。
(それにあのマーク・・・・・・間違いない、二年前と同じ部隊だ)
ルウム戦役で捕虜となり、公国軍義勇兵となった鷹野は、もともと地球連邦空軍極東方面防空戦隊のパイロットとして、今戦争開戦まで連邦政府と日本との最前線にいた。二十歳のときに第二次極東戦争の琉球空戦で初陣を迎え、二年前の西太平洋紛争(日本側呼称:小笠原戦役)でも戦った彼は、公国軍でもっとも自衛隊の強さを知る男である。
先ほどの戦闘で見た敵機のマークは、紛れもなく二年前、鷹野のみならず連邦空軍のパイロットを震撼させた部隊と同じものだった。
「大阪に基地を持つエース部隊だとは聞いていたが、まさかここまで出てくるとはな」
自嘲気味に笑いをもらし、なんとか平静を取り戻した鷹野は、はるか後方に飛び過ぎた海面に意識を向けた。
(死ぬな。後で絶対に救出してやる。それまでなんとしても生きていてくれ)
敵機を撃墜することより生き残ることが最優先、と徹底的に叩き込まれた鷹野の部下は、一時間後、竹島周辺を哨戒していた海上自衛隊の護衛艦に救助されることになる。
『こちら四号機、・・ザッ・・敵機発見!』
先頭を飛ぶ四号機から、竹川の落ち着いた声が聞こえる。
「了解、こっちも確認してますよ。しっかし、高橋も派手にやってんなぁ」
難波の見つめる先には、黒煙を上げる竹島とその上空から攻撃を加える3機の敵爆撃機、さらに高空で敵戦闘機と格闘戦を繰り広げる2機の[はやぶさ]の機影が確認できる。
『三尉もよく動けてますね。散開まで・・ザザ・・緊張しているようだったけど』
二機を同時に相手にしている五号機に、竹川も感心した様子で呟く。
両親共に自衛官である橘は、防衛大学校首席卒業、パイロット養成課程である一般幹部候補生課程首席と、まさにエリート中のエリート。幹部自衛官のサラブレッドとして後方勤務の推薦が数多くあったらしいが、それらをことごとく撥ねつけ、自ら前線に配属されることを希望した変り種だ。
自衛隊創設以来、五代におよぶ国防畑一筋の名門の血は、争えないものらしい。
「それにしても、敵もたいしたことないみたいやな」
見ているうちに、一班に群がっていた四機の内、二機が失速降下をはじめた。
しかし、その下方で竹島を攻撃している、四角い和凧か下駄のような形の爆撃機は、撃墜された友軍機ばかりか、さらに下方から接近しているこちらにも気付いた様子もなく、撃ちもらしを求めて、旋回飛行を繰り返している。
『・・・ザガッ・・・私たちが有利になる・・t・・はいえ、ここまでうまく接近できると相・・ザザ・・が可哀相ですね』
次第に酷くなってきた通信障害の雑音と共に聞こえる竹川の言葉に、難波も頷く。それほどまでに双方の技量の差は歴然としていた。
「ま、もうじき三班も敵艦攻撃を始める頃や。それまでにこっちもひと暴れさせてもらわんとな」
その言葉を合図に速度を上げた二号機と四号機はそれぞれ、依然こちらに気付かない爆撃機の死角にもぐりこむ機動をとった。
「さっさと叩き落して、一班の分(の撃墜数)も貰いに行きまっせ!」
『了解・・ザー・・』
ようやく接近する敵機に気付いた爆撃機は、慌てふためいたように回避行動を取り始めた。