機動戦士ガンダム 「蒼き天地を翔けて」
〜もう一つの一年戦争〜


第一部  「開戦」


第一章


同日 一一○○ ジオン公国軍上海基地 極東特殊攻撃師団中央司令室

「司令、時間です」
 「鬼参謀」こと川野少佐が、淡々とした口調で時間を告げた。

「うむ。全部隊に“舫(もやい)を解け”と通達したまえ」
 “舫”とは作戦指令書。つまり、日本列島攻略作戦開始の合図である。

「……いよいよ始まるのですね」
 情報参謀と命令を復唱したあと、川野が少し沈みがちの声で呟いた。
「祖国と戦うのは嫌かね?」
 歴戦の軍人である王大佐は、彼女の沈んだ声も聞き逃さなかった。しかし、川野は王の言葉にさわやかな笑顔で返した。
「祖国といっても父が幼少期をあちらで過ごしていただけで、私自身は完璧なジオン公国の国民です。未練のかけらもありません。ただ……」
 川野は少女のような笑顔から真顔に戻って、言葉を濁した。王はふいに、彼女の笑顔はこれで見納めかもしれない、と思った。
「……ただ、いつまで総帥府は、こんな無理な作戦を続けるつもりなのか、と」
 王は立ち上がり、メインモニターに背を向け窓の景色を眺めながら答えた。

「独立戦争というものは、もともと無理な作戦を積み重ねるものだ」
 ため息を一つ吐き、王はメインモニターに向き直った。川野はメインモニターを見つめる王の目に決意の色を見た気がした。
「……重要なのは、無理な作戦を積み重ねた先に何を掴みとるか、ではないかね? 川野君」
 王が言い終わると同時に、メインモニターに映る若く凛々しいジオン公国軍将校が口を開いた。
 彼の背後には、見る者に旧世紀のナチス・ドイツ軍旗を思わせる、ジオン公国旗が掲げられている。

『私の愛するジオン公国国民の諸君、そして地球に住む地球連邦の諸君。私はジオン公国地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐だ』

 川野はふと、王大佐が親ジオン派の将校であることを思い出した。この老練な軍人は、どんな気持ちでこの演説を聴いているのだろう。

『我らが誇る優秀なジオン公国軍は、自らの保身に心を奪われた無能なる地球連邦軍を圧倒し、地球の3分の2を占領、8ヶ所あるうちの7つの自治州をわが国の傘下に収めるに至った――』

「重要なのは何を掴み取るか、だ」
 王大佐は、自分に言い聞かせるように低く繰り返した。

同日 同時刻 日本海上空7000フィート(約2500m)

『――しかし、未だ我らスペース・ノイドの崇高なる独立を妨げんと、我らの宿敵、地球連邦政府に協力し続ける自治国家がある……』

 高度7000フィートを巡航速度のマッハ2.1で、竹島を目指し編隊飛行中の『ブルー・ウィングス』の各機も、[あきつしま]からの衛星通信で、地球圏共通放送の映像を、コックピット中央のメインモニターで見ていた。
 各隊員とも押し黙り、時折乱れる画面を真剣な表情で見入っていた。
 画面には、放送を中継している[あきつしま]がつけたのか、同時通訳の日本語字幕が流れている。

『かつて、我らスペース・ノイドのよき理解者であった、日本自治国だ!』

 西暦1999年の地球連邦政府樹立の直後、単一政府による地球圏一括支配による弊害を懸念した数十カ国が連合し、『独立中立国家宣言』を発表した。
 それから10年後、国家としての基盤を整えた地球連邦政府は、その強大な軍事力を背景に『地球上の紛争の撲滅』を命題に掲げ、宣言を発表した諸国を、外交圧力や武力攻撃によって『鎮圧』していった。
 抵抗の激しい地域は自治州として連邦政府に取り入れられたが、ほとんどの国が自治すらも認められず、連邦政府の定める連邦州制度の下に組み込まれていった。

 次々に中立国を傘下にのみ込む地球連邦政府の姿に、危機感を覚えた日本国は、立て続けに憲法・自衛隊法・有事関連法制を改正し、自衛隊の存在、国防のみに限定した交戦権と武器の使用を合憲・合法化する。
 各省庁が連携して防衛兵器の開発を奨励し、10年計画で地球連邦軍に対抗しうる防衛戦力を確保することを明記した「新国防指針」を発表し、日本は軍事防衛国家への道を歩み始める。
 さらに10年後の2020年、強大な軍事防衛国家への変遷を成し遂げた日本国は、地球連邦政府に『地球の紛争の根源』と見做され、自衛隊の20倍の戦力を誇る地球連邦軍による武力攻撃が開始される。
 「1ヶ月で決着が着く」といわれた第一次極東戦争は、予想に反して五年間続き、圧倒的な戦力を誇った連邦軍は、陸海空が一致団結して抵抗する自衛隊の前に、おびただしい損害を出し続け、最終的に『停戦』という形で実質的に敗北する。
 日本国は地球連邦の傘下に自治州として入ることになったが、その後も武力衝突は絶えず、その都度、自衛隊は本国を防衛してきた。

 そして12年前、4年間続いた第二次極東戦争停戦後、従来の自治州政府よりも権限が強化された『特別自治国家』への昇格、事実上の独立国『日本自治国』として存続することが地球連邦議会で承認され、今に至っている。
 現在、地球連邦政府議会に対して、議会に参加する唯一の独立国として他の自治州政府と同様に連邦議会での発言権や議決権が認められており、自治政府連合評議会を主催し、連邦政府内において大きな発言権を持っている。

『20年前、日本は我らスペース・ノイドの独立の志に賛同し、スペース・ノイド独立を連邦議会で呼びかけてきた。ジオン共和国独立の際には、さまざまな面で我らの支援をしていたことは、諸君らの記憶にも新しいであろう……』

「少なくとも、当時のジオン・ズム・ダイクンの主張は正当に評価されるべきものだったからな」
 当時、自衛官として、ジオン共和国独立宣言後に起きた第二次極東戦争に参加していた瀬川は、低い声で静かにつぶやいた。

『しかし!第二次極東戦争停戦後、彼らは地球連邦政府から与えられた『特別自治国家』という餌にしがみつき、地球にへばりつく低俗な国家に成り下がったのだ!』

「逆に事実上の独立国として復活したのだから、連邦政府の停戦要請を受け入れた日本政府の判断は大成功だったと思いますけどね」
 瀬川と同じく前線にいた竹川が、冷静に意見を述べた。

『彼らは、地球連邦政府に服属して得られる甘い利権欲しさに、我らスペース・ノイドを切り捨てた!これは明らかに我らの信頼に対する裏切り行為だ!』

「よく言うぜ。こっちからの支援要請をことごとく拒否したくせに……」
 上野が怒りを滲ませて吐き捨てた。彼も第二次極東戦争を前線で経験した一人である。

『この裏切りの代償は、正当な代価を持って清算されるべきである!』

 高橋以下8名は、次に発せられるであろう言葉を黙って待った。
 モニターの若き将校は、大きく一息ついて口を開いた。

『地球連邦に味方する無能なる国家に裁きの鉄槌を下し、選ばれた優良人種たる我らの力を知らしめるために、ジオン公国は日本自治国に対し、宣戦を布告する!』

同日 一一○二 陸上自衛隊石垣島駐屯地

 宇宙世紀に入ってから二度目の宣戦布告。石垣島の司令部は、しん……と静まり返った。
大陸の不穏な動きにその予兆は見られ、自衛隊でもある程度予想されていたが、宣戦布告の衝撃は計り知れないものだった。

「入南風野、島内全域に下級防衛戦闘配置を発令しろ」
 金城のしずかな一言で、再び司令部は息を吹き返したように動き出した。
 下級防衛戦闘配置は、一般の軍隊で第二種戦闘配置にあたり、自衛隊において防衛出動発令前の有事の際に、基地司令官が発することが許される最上級の戦闘態勢である。

「選ばれた優良人種じゃないらしい俺達に、敵の考えはさっぱりわからんが、どこの国も戦争のやり方は同じのはず」
 めまぐるしく動き始めた島内の戦況図を映すモニターを、腕組みして睨みながら誰ともなしに大声で喋りだした金城に、司令部の人間の視線が集中する。
「ましてや所属不明の潜水艦が近海で目撃されている現状で、そいつが目の前で戦争を吹っかけてきたジオン公国軍だとすると……」
「奇襲攻撃しかないな」
 金城の謎掛けのような言葉に入南風野があわせた。
「つまりれっきとした有事。ということで第一機械化混成大隊も出動させたいのだが、大里方面隊司令、許可してくれるかな?」
 宣戦布告を受け、情報収集作業に追われていた大里は、いきなり話を振られて慌てふためいた。
「は!?ああ、許可などくれてやる。さきほど統合幕僚監部から各基地に第二種許可命令が通達されたからな。
 だいたい、貴様の部隊も基地も、我々南西方面隊でなく特殊戦略自衛隊直轄だろうが」

 宇宙世紀初頭に宇宙での戦略・戦術を研究する機関として発足した戦略自衛隊は、元々、各自衛隊が独自に保有していた情報部・開発実験部を統括して構成された集団である。総合宇宙ステーション[あきつしま]を本部として、[あきつしま]防衛部隊も保有するが、防衛省直轄部隊として設立された性質上、戦略自衛隊の幕僚長は陸海空自衛隊の幕僚長のトップである統合幕僚長と対等の立場にある。
 金城が隊長を務める対MS戦闘研究部隊――第一機械化混成大隊も、表向きは陸上自衛隊南西方面隊第一五旅団所属だが、本来は戦略自衛隊開発実験部戦闘研究科所属部隊である。

「いや、いくら部隊が戦自所属でも、ここは陸自(陸上自衛隊)所属の基地で、俺たちは南西方面隊からこの基地を使わせてもらってるんだから、お前さんに許可を求めないとまずいだろうが。もっとも、すでに本部からは部隊創設時に許可を頂いているがな」
 一見真面目な言葉にも聞こえるが、本人の顔には笑みが浮かんでいた。久々の実戦に、武人の血が騒いでいるのを金城は自覚していた。
 通信は再び音声だけのものとなっていたが、大里は金城の声色から金城の表情を悟り、小さくため息をついた。
「まったく、律儀なんだか、バカなんだか……」
 大里が次の句を言おうとした時、司令室に自衛隊独特のアラート音がけたたましく鳴り響いた。
金城が怒鳴る前に、上原が素早くヘッドセットのマイクを司令室のスピーカーにつなぎ、声を発した。

「第一狙撃小隊から報告!浦崎の沖、約1km先の海上に大型潜水艦の浮上を確認!位置・形状から推察するに、例の所属不明艦と思われます。現在、島に向かって移動中の模様」
 上原の報告が終わらないうちに、別の通信士が報告を重ねる。

「空自の野底岳第一ニ四高射小隊から報告!北北西の方向、距離5km・高度1000フィートの上空に正体不明航空機を発見!連邦軍提供資料によると、ジオン軍の爆撃機のようです。数およそ10!」
 石垣島には空自管轄の高射陣地と上空警戒管制レーダーがあり、それぞれ空自の部隊が配属されている。両部隊の指揮は石垣島駐屯地司令も兼ねる金城に委任されている。
 野底岳高射陣地は藤本清海(ふじもと きよみ)二等空尉、於茂登岳レーダーは第一二六警戒小隊の城野彩華(しろの あやか)二等空尉が、それぞれ指揮を執る。

「よっしゃ、遂に来よったな!おそらく、潜水艦にはMSもいるはずだ。第一機動中隊本隊を平野地区に向かわせろ。阿良岳の平良には相手の攻撃があるまで攻撃を仕掛けないように徹底させろ」
 第一機動中隊隷下、第一狙撃小隊を率いる平良直樹(たいら なおき)二等陸尉は、陸上自衛隊で五指に入るトップクラスのベテランスナイパーである。

「上原、こっちに第一三四小隊の回線を回してくれ」
「了解!」
「入南風野、広報官に全島民を石垣空港に避難させるよう連絡を」
「了解だ。第四五輸送隊にも連絡しておこうか?」
「ああ、そうしてくれ。場合によっては本島への脱出もありうる」
 部下への指示をおえた時、大里が声をかけた。
 ジオンがミノフスキー粒子を広範囲に散布し始めたのか、雑音が激しくなってきた。

「金城。今さっき西表島(海自基地)も攻撃を受けた、と報告が入った。宮古島(空自基地)にもMS隊が上陸したようだ」
「こちらも島民避難の準備も始めている。島民脱出の際は受け入れを頼む」
「承知した。民間人は一人も傷つけさせない。下地島(宮古島の南西)から護衛機を出させよう。多良間(宮古島と石垣島の中間にある離島)の海上保安庁にも応援を要請している」
「下地の基地は無事なのか?」
「スクランブルの対応が早かったことで、大事には至っていないようだ。西表の艦隊も宮古島に再集結を命じてあるから、一週間は持つだろう」 「それなら、一応安心できるな。それで、統幕(統合幕僚会議)はなんていってる?」
「まだ招集がかかったところだが、当初の想定どおり沖縄本島南西部を中心に、第一次防衛線を構築することになるようだ」
「で、俺らは時間稼ぎというわけか」
 愉快そうな口調でいいながら、手元のヘッドセットを耳に掛けた。

「藤本君、金城だ。とりあえず威嚇射撃だけにとどめてくれ。地対空ミサイルの迎撃もしっかり頼む。相手が一発でも撃ってきたら、攻撃に切り替えろ。今後の指揮は入南風野に任せるから、何かあったらそっちに指示を仰いでくれ。じゃ、頼んだ」
「隊長、すでに住民の80%が避難済みだ。輸送隊も準備を完了して待機中だ」 「よし、住民を順次乗り込ませておくように指示してくれ。  一通り指示して、再び大里との会話に戻った。通信は司令室のスピーカーから司令席のヘッドセットに繋ぎ変えた。

「それにしても本当に始まるとはな……あの後、演説では何か言っていたのか」
「戦争目的として、スペースノイドの美しき聖域を汚す日本自治国政府の一掃と箱根国際宇宙港・旭川宇宙基地の制圧、を挙げていた」
「美しき聖域云々はよくわからんが、やはり宇宙港を狙ってきたか」

 箱根国際宇宙港、旭川宇宙基地、天草宇宙港。

 宇宙世紀開始以来、日本と地球連邦との幾多の武力衝突の影には、常にこれらの宇宙港が関わってきた。
 このうち天草宇宙港は、開港当初から地球連邦のNGO組織『宇宙引越し公社』との共同運営であったため、騒動の種に上らなかったが、他の二港は政府や防衛省が管理運営し、その運営実績は地球連邦に公開されず、それが数々の疑惑を生み出してきた。
 特に東アジア最大規模を誇る箱根国際宇宙港は、常に疑惑の中心にあり、宇宙軍も有する地球連邦軍には戦略的にも重要な拠点として位置づけられていたのだ。
 スペースコロニー国家であり、補給の大半を宇宙からの物資に依存するジオン地球方面軍が、宇宙港を戦略目標にとることは当然のことであった。

「なんにせよ、今回はこれまで以上に厄介な戦争なのは確かなようだな」
 大里は深いため息をついた。名言はしていなかったが、低迷しがちな戦意の高揚も視野に入っているに違いない。
「お前はマグマに放り込んでも死にそうに無いが、くれぐれもそんなところで命を落とすなよ」
「(コ、コイツ、人を何様だと)当たり前だ……」

 次の言葉を継ごうとした時、爆発音がとどろいた。その影響か、通信も遮断されてしまった。
 金城にはその爆発音が、『のんきにしゃべる暇があるのか』と敵に嘲笑われたように聞こえた。

「通信班!常に被害状況を上に上げるように全部隊に伝えろ!実戦研究班は記録に専念しろ」
 金城は、ギリッと歯を噛み締めて、手元の有線レシーバーを手に取った。

「司令部より全部隊に達す。金城だ。敵の攻撃を受け、新自衛隊法第九条第一項に基づき、基地司令官の権限において敵部隊への攻撃を許可する」

 一息ついてから、声を張り上げた。

「この戦(いくさ)、必ず勝利し、一つ目の巨人どもに自衛隊の恐怖を刻みつけろ!
 この部隊の戦闘情報が友軍の勝利を導く。全員が生き残り、本土に対MS戦闘の情報を届けるのが俺たちの勝利と心得ろ!
 諸君らの奮戦に期待する!」

 金城の言葉が終わると共に、全部隊共通の双方向通信回線から、各隊の喊声(かんせい)が鳴り響いた。一つの喊声が他の喊声を呼ぶ。
喊声の連鎖は、司令部の人間から前線の曹士隊員、空自隊員に至るまで、全隊員の心を一つにしていく。
 思いがけない喊声の声に一人、胸を熱くしながら、金城は再び、戦況図をにらみつけた。

『この国だけは、貴様らの好き勝手にはさせんぞ!』

 於茂登のフェーズド・アレイ・レーダーによって作成された石垣島のリアルタイム戦況図には、敵部隊を示す光点が、刻一刻と接近してきていた。