むきりょくかん。 新作フラッシュノベル「ほしのの。」 二次創作作品
「ほしのの。」哀・戦士編 〜in 永野川〜(何) 作者:武尊
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は弾幕をくぐり抜け、なんとかたどり着いた岩陰で思わず息を切らしていた。
1mほど離れた隣の岩にも、戦友――立秋さんがぐったりと岩に背をもたれて座り込んでいた。
ふと上を見上げると、すきとおるような青空をさえぎるように、『水』の銃弾がひっきりなしに目の前を通り抜けていく。
「ゆーちゃん、たつにぃ、君たちの負けだ〜!おとなしくこーふくしなさ〜い!」
『水』の銃弾と共に、岩の向こうからやたら楽しそうな姉の声が川に響いた。
「結城くん、」
立秋さんが水鉄砲に水を補充しながら、声をかけてきた。
「そこから榛奈が見えるかい?」
水が飛び交う反対側からそっと顔を出して覗き込むと、10m先の岩の上に仁王立ちで水鉄砲を撃ちまくる、はるねぇの姿が見えた。
「……へらへら笑いながら、岩の上で水鉄砲乱射してます」
「こっちはもう『三人目』だよ。そっちは?」
「一緒です。それも腹に一発受けてます」
「それにひきかえ、あちらは榛奈が一回『死んだ』だけか」
一ヶ月前の水鉄砲合戦で、ボコボコにされたことは記憶に新しいが、立秋さんと組んでもここまでやられるとは予想だにしてなかった。
「あははははっ」
岩の向こうでは、相変わらずはるねぇが楽しそうに笑いながら乱射していた。
「はぁ〜」
立秋さんと共に大きなため息をつきながら、つい二時間前のことを思い出した。
八月二十二日 午後十一時
「あぁ〜ヒマだ〜」
今日の農作業アルバイトは案外早く終わってしまい、はるねぇと僕は畳の上で大の字になって寝転がっていた。
伯父さんは用事で街に出かけ、立秋さんは僕たちの横で机に向かってなにやら作業をしている。
「ゆーちゃん」
「ん……」
「宿題終わった?」
「ああ」
「えぇーーー!!」
すっとんきょうな悲鳴と共に起き上がったはるねぇは、その声に驚いて上体を起こした僕の胸倉をつかんだ。
「あの地獄のように多い宿題を、たった一ヶ月で終わらしたの!?」
まるでマッサージ椅子に座ってるように前後に揺さぶられ、朦朧としてきた意識の中ではっきりと僕は答えた。
「あれくらい余裕だろ」
「うそだー!ゆーちゃん優秀すぎ!間違ってるよ!」
はるねぇは怒鳴りながら、悔しそうに足を踏み鳴らした。まるで駄々っ子だ。
「褒められるべきところで怒られるのが、激しく疑問なのだが」
僕がぼそっとつぶやくと同時に、はるねぇが僕を上から睨みつけてきた。すまないが、迫力ないぞ。
「ゆーちゃんは明日から私の宿題を手伝いなさい!」
「なんでだよ」
「お姉ちゃん命令っ!!」
「はるな〜。みのりちゃんが来たわよ〜」
はるねぇが権力を振りかざしたとき、台所にいる詩穂さんが来客を告げる。タイミングいいなぁ。
「は〜い」
さっきの怒り口調とは打って変わったうれしそうな声で答えながら、猛然と走り出す姉を、僕はため息と共に見送る。
「はははは、大変だなぁ結城君」
今まで笑いをこらえてたらしい立秋さんは、こらえきれなくなったようにこっちを振り返りながら笑った。
「立秋さんひどいなぁ。何で今まで黙ってたんですか?」
「被害は少ない方がいいからね」
さわやかに笑う立秋さんを横目に、僕はため息をつくと、
「立秋〜、ゆーくん、こっちにいらっしゃ〜い」
またもや、タイミングよく詩穂さんの声が。どこかで盗聴してるんじゃないだろうな。
「っと、なんかあったのかな。結城君、行こうか」
「はい」
台所に入ると、テーブルの上にバカでかいスイカが鎮座していた。
「どうしたんですか、このスイカ」
思わず詩穂さんに聞くと、
「うちの畑で採れたんだ。大きいでしょ」
詩穂さんの隣に座っている神明さんが自慢げに答えた。なんでも神明家のお祖父さんは、本業の合間に趣味でスイカを作って近所の家に配っているらしい。
「立秋、昼御飯食べた後、この子達と一緒に永野川に行ってきて。おやつにこのスイカを食べてもいいから」
「えぇ〜、お母さんは食べないの?」
「私はこれから用事があるのよ。お父さんたちも夜まで帰ってこないみたいだし、これだけ大きいと冷蔵庫にも入らないから」
そういいながら、詩穂さんはテーブルにそうめんの入った器をスイカの横に置いた。
「畑はお祖父さんとお祖母さんが見てくれるって言ってたから、立秋もたまには息抜きをしてきなさい」
「じゃ、後はよろしく」と言い残し、さっさと出かけていってしまった。
「まぁ、とりあえず昼飯にしようか。みのりちゃんも食べるかい。このスイカは食べながら考えよう」
「あ、はい。いただきます」
あまりの早業に呆気に取られていたが、立秋さんの一声でそうめんをすすりながらの会議が始まった。
「わーい!川だ〜!」
一時間後、永野川のせせらぎに無駄に元気な姉の声がとどろいた。
「きーもちいい〜!」
スクール水着でバシャバシャ一人で騒いでる姉の姿に、僕はいつものごとくため息をつく。
「毎日のように来てるのに、何であんなに喜べるんだ……」
「子供だからね〜」
僕の疑問に、隣にいる神明さんが答える。ここ一ヶ月の間、川に来るたびに交わされた会話だ。
「確かにあの身体であんなにはしゃいでいると、小学生にしか見えんなぁ〜」
これは立秋さんだ。普段と違い、海パンをはいただけのすがたは、農作業で鍛えられた無駄のない肉体を陽光の下にさらしている。
僕と神明さんも水着に着替えている。神明さんのスクール水着は、姉とは別の意味でまぶしい。
そして僕らの足元には、8丁の水鉄砲と今回の主役――網袋に入れられたジャンボスイカが浅い永野川のせせらぎに浸されている。
「よし、そろそろ始めるか。お〜い榛奈、こっちに来い」
「は〜い」
はるねぇに負けず劣らず楽しそうな立秋さんが、水に浸るスイカの横の岩に座った。
「よし。ではこれから、神明家のスイカをかけた水鉄砲サバイバルゲームを開催する!」
「イエーーーイ!!!」
……そう、これが「和泉家そうめん会議」で決まった内容である。姉よ、そんなにはしゃぐな。それでは小学生どころか幼稚園児だ。
「ルールは簡単だ。この岩を境に上流をAチームの陣地、下流をBチームの陣地とし、それぞれの陣地の好きなところにこの川つり用のウキを置く。第一の勝利条件はこのウキを自陣に持ってくることだ」
一応ウキには流されないようにおもりが結んであるが、それでもある程度は水流にながされるため、その配置場所は限られてくる。
敵から見える位置に配置せざるおえない下流側は、若干不利な状況になる。
「各チームの戦闘員は頭に一発、それ以外に三発受けると戦闘不能になる。なお、すぐに終わってしまっては面白くないので、戦闘不能になっても二回だけ復活することが出来る」
後半の復活ルールは僕の提案だ。以前のように、開始直後に狙撃されて全滅になるのは避けたかった。
「ふたりの戦闘員が復活を使い切って全滅すれば、ウキの有無は関係なくそのチームの敗北だ。それと一回死んだら、敵陣にいても一度自陣に戻ってからじゃないと復活できないから、注意すること」
言い切ったあと、立秋さんが足元にある水鉄砲の入ったケースを抱えあげた。
はるねぇのものが3丁、神明さんのものが1丁、残り4丁は立秋さんのコレクションだ。
どれもポンプアクションのついた色とりどりの透明プラスティック製水鉄砲で、オーソドックスな拳銃タイプから、銃身の長いライフルタイプまで多種多様だ。
「武器は各チーム四本ずつ。ウキの配置場所で若干不利な下流側になったチームに武器の選択権が与えられる」
これで建前上、上下流の不利はなくした格好だ。後は個人の技術の問題だ。
「勝者は、このスイカの3分の2を二人で分け合って食べられる。敗者は残る3分の1を仲良くふたりで食べるわけだ。質問は?」
全員異議なしを確認し、運命の発表に移る。
「それで、先ほどのくじ引きの結果……」
できれば神明さんと同じチームになりたいところだ。はるねぇは確かに強いし、立秋さんはもっと強そうだが、神明さんの狙撃を受けない方がはるかにマシだ。
「……上流側が俺と結城君。下流側が榛奈とみのりちゃんだ」
見事に希望がはずれ沈み込む僕を尻目に、はるねぇ・神明さんチームは武器を選び始めた。
「榛奈は適当に選んでおいて。私はこの狙撃銃で充分だから」
神明さんは、最初から目を着けていたらしいスコープつきのライフルタイプを手にとって、僕に狙いをつけるように構えた。
顔はにこやかだけど、目は本気だ。
はるねぇは散々迷って、どこからか持ってきたバンドに拳銃タイプを2丁突き刺し、小銃タイプを手にもつことに決めたようだ。
「武器は選び終わったな。では、俺の時計で五分後に戦闘開始だ」
「りょ〜かい!」
キャーキャー走っていくはるねぇと、静かに歩いて陣地に向かう神明さん。その違いが逆に恐ろしい。
「まぁ、そうヘコむな結城君。榛奈を何とか抑えながら、みのりちゃんさえ攻略すれば勝機はあるよ」
立秋さんの自信ありげな力強い言葉に、僕は少しだけ元気を取り戻した。頭の中では早くも戦術会議が始まった。
「そうですね。立秋さん、スイカを食べるために、あの二人を叩きのめしましょう!」
「おぉ、その意気だぞ結城くん」
こうしてスイカ争奪サバイバルゲームの幕があけた。
上流側の陣地は、川の両側に人一人は隠れられる岩が二つあり、その間の5m上流にウキを隠した小さめの岩がある。
上流から見て、右側に僕、左側に立秋さんが陣取って、ウキのある岩をふたりが守る陣形である。
対して下流側の陣地は、「中立ライン」と呼ばれる、スイカのある岩から2m下流の川の真ん中に岩があり、ここではるねぇが前衛として撃ちまくり、その左斜め1m後方の岩に神明さんが非情なスナイパーとして陣取っている。
ウキは、はるねぇの岩の後方にある小さい岩にあるようだが、はるねぇの岩に邪魔されて上流側からはよく見えない。
すばしっこいはるねぇは、立秋さんが抑えることになり、アサルトライフル風の水鉄砲を装備した僕が、神明さんと狙撃合戦を繰り広げる手筈になったのだが……。
やはり、敵のほうが一枚上手だった。
どうやら敵はあえて全滅作戦を採ったようで、はるねぇばかりでなく神明さんも積極的に動き回って、こちら側の射撃がさっぱり当たらない。
神明さんを見失って慌てている時に、ふと後ろを振り向くと、輝くような満面の笑顔で水鉄砲を構えるはるねぇを見た時は、心臓が凍りつくほどの恐怖を味わった。
30分の激戦の末、ふたりの神出鬼没な動きに翻弄され、劣勢に追い込まれた我が隊は、抵抗して全滅するか、降伏するかの二択を迫られていた。
「こっち側からじゃはるねぇしか見えないんですけど、神明さんはどこにいるかわかりますか?」
相変わらず、すばしっこく逃げ回る姉を狙いながら、僕は立秋さんに尋ねた。はるねぇはもしかしたら猿なんじゃないか?
「ああ、銃口だけがかろうじて。しかし、みのりちゃんがあんなに強いとは思わなかったなぁ」
こちらが劣勢に追い込まれた一因は、神明さんに対する油断だろう。
一箇所からの狙撃だけを警戒していた我が隊に対し、神明さんは点在する岩を巧みに利用して次々と位置を換えて狙撃してきた。
神明さんが動き回って僕達の目をかく乱している間に、はるねぇが我が陣深くに侵入して撃ちまくる。両者の特長を最大限に生かした巧みな戦術である。
「結城くん」
思案に暮れていた僕に、立秋さんが突然声をかけてきた。
「なんですか」
僕は撃ちながら顔だけを立秋さんに向けた。
「俺たちの敗北は決定的だ。だが、戦局を挽回できる方法が一つだけある」
立秋さんも撃ちまくりながら、ニヤッと笑った。
「全滅覚悟で、勝負をかけてみる気はないかい?」
五分後、僕はポンプアクションのない拳銃タイプの水鉄砲を一丁だけ装備して、岩陰から突撃のチャンスをうかがっていた。
反対側の岩では、立秋さんが両手に水鉄砲を装備して、敵陣に牽制射撃を放っている。
はるねぇと神明さんは、立秋さんの牽制にうまくはまって、自分の岩に釘付けになっている。
しかも、はるねぇは立秋さんのほうに身を乗り出していて、反対側は手薄になっている。
立秋さんが足を上げてバシャッと音を立てた。
その音を合図に、僕ははるねぇたちの死角から、そっと飛び出した。
目指すはウキただ一つだ。
僕は音を立てないように、川の流れに乗りながら、敵陣にたどり着いた。まだ向こうに見つかった気配はない。
「やったー!たつにぃ撃墜!全軍とつげきぃ〜!」
僕がはるねぇの岩に隠れた時、入れ替わるようにはるねぇがバシャバシャと上流に駆け出していった。
立秋さんが殺られたようだが、これも作戦のうち。はるねぇたちが突撃している間に、僕がウキを奪えば僕らの勝ちだ。
僕は木の葉のようにすいすいと目的地に接近してウキを見つけた。
手にとって自陣に帰ろうと振り向いたとき、目の前に足が立ちふさがった。
「もうちょっとだったね〜結城くん」
見上げると神明さんのまぶしい笑顔があった。神明さんはしゃがんだまま、銃口を僕に向けた。
「バイバイ、結城くん」
水がパシャッと僕の顔ではねた。
ジャンボスイカは期待を裏切らず、かなり甘かった。
神明さんは僕が飛び出した時に気付いたらしいが、あえてはるねぇに知らせず、はるねぇが立秋さんの頭を撃って突撃した時に、こっそり僕の後をつけていたらしい。
やはり相手が一枚上手だったわけだ。スイカを食べながら楽しそうにはるねぇと話す神明さんのとなりで、僕はそっとため息をついた。
はるねぇは大きなスイカを持て余しながら、とろけそうな笑顔でスイカにかぶりついている。
そのとなりの立秋さんは、白いところが見え出したスイカを名残惜しそうにかじりながら、妹のスイカを眺めていた。
「えへへ〜楽しかったね〜。またやろうね〜」
「いやだ。二度とやらん」
ひたすら嬉しそうなはるねぇに、僕のつぶやきと立秋さんのため息が重なった。
すきとおるような青空に、太陽がまぶしく輝いていた。